鹿児島の鉄路の玄関口である鹿児島中央駅の北側に、鹿児島駅という名の駅が存在する。鹿児島の名を冠する駅だが、市街地の外れに位置しており、小さなローカル駅の佇まいだ。JR鹿児島本線鹿児島駅を訪ねた。
鹿児島駅の駅舎は2018年(平成30年)10月から2020年(令和2年)2月にかけて改築工事が行われ、現在は新駅舎(5代目駅舎)となっている(新駅舎の供用開始は2020年2月15日)。本頁に掲載している写真、記述は建て替え前の旧駅舎についてのものである。旧駅舎の記録として参照されたい。
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島の鉄路の玄関口と言えば、名実共に鹿児島中央駅だ。九州新幹線が乗り入れ、多くの観光客を迎える。駅前は商業施設が建ち並んで繁華な街を成し、バスロータリーからはさまざまな路線が発着する。鹿児島市電の停留所も設けられ、まさに鹿児島の中心だ。その駅が「鹿児島駅」ではなく「鹿児島中央駅」を名乗るのは、「鹿児島駅」が別に存在するからだ。「鹿児島駅」はJRの在来線で鹿児島中央駅から一駅北側、市街地の北の外れと言っていい場所に設けられている。何故そのようなことになったのかは、鉄道の敷設の歴史に関係している。
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島駅は1901年(明治34年)に鹿児島〜国分間の鉄道が開設された際に、鹿児島市街地の北部に設けられた駅だ。八代から鹿児島へ至る鉄道ルートが検討された際、当時の軍部の判断によって人吉を経由した山岳部を抜けるルートが優先され、国分(現在の隼人駅)から鹿児島への路線が先に建設されたということらしい。1909年(明治42年)には八代から人吉、吉松を経て国分へ至る全線が開通、鹿児島駅が全国の鉄道網に連結されることになる。この時点で、この路線は「鹿児島本線」と呼ばれることになる。鹿児島駅はまさに鉄路に於ける鹿児島の玄関口だったわけだ。

一方、現在の鹿児島中央駅は、そもそもは1913年(大正2年)に開設された国鉄川内線(川内〜鹿児島間)に設けられた武駅が前身だ。1927年(昭和2年)になって八代〜川内間が開通、八代から海岸を辿って鹿児島へ至る鉄道路線が全線開通すると、この海岸の路線が「鹿児島本線」となり、それに伴って武駅は「西鹿児島駅」に改称されている。

海岸に沿って八代と鹿児島を結ぶルートが「鹿児島本線」となったため、人吉、吉松、国分を経て八代と鹿児島を繋ぐ山岳ルートの路線は「肥薩線」に改称される。さらに1932年(昭和7年)になると隼人駅(当初の国分駅が西国分駅へ、さらに隼人駅へと改称された)から鹿児島へ至る区間は「日豊本線」に編入され、鹿児島駅は鹿児島本線と日豊本線の終着駅としての役割を担うことになる。

大正初期に武駅が開業した頃は周囲は長閑な田園地帯だったらしいが、特に戦後になって周辺は鹿児島の市街地として発展し、西鹿児島駅が実質的な鹿児島の中心駅、鹿児島の鉄路の玄関口として機能するようになる。その西鹿児島駅が、2004年(平成16年)、九州新幹線が八代〜鹿児島間で開業したのに合わせて「鹿児島中央駅」に改称されるのである。
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島駅は、今も名目的には鹿児島本線と日豊本線の終着駅で、鹿児島本線に属する駅である。しかし、鹿児島の中心駅としての機能もすでに1971年(昭和46年)に当時の西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)へと移管され、列車の始発終着駅としての役割は鹿児島中央駅が担っている。鹿児島駅は実質的には日豊本線の駅のひとつに過ぎないと言っていい。鹿児島中央駅から鹿児島駅へと向かうには「鹿児島本線下り」ではなく「日豊本線上り」の列車に乗らなくてはならない。そもそも、鹿児島中央駅の時刻表には「鹿児島本線下り」が無い。

しかし、かつて鹿児島の玄関口として「鹿児島」の名を冠して開業した駅である。西鹿児島駅が改称される際、西鹿児島駅を新たな「鹿児島駅」とし、旧来の鹿児島駅は他の名に変更する案もあったらしいが、市民の賛同が得られなかったとも聞く。鹿児島の人々には「鹿児島駅」に対する何か特別な思いがあるのかもしれない。
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島駅は島式ホーム2面4線を持つ構造で、歴史が物語るように比較的広い敷地を有している。現在の駅舎は4代目で、1976年(昭和51年)に造られたものという。橋上駅舎だが、エレベーターなどの設備はない。駅舎もいささか古さを感じるようになり、ローカル線の主要駅という佇まいだ。雨模様の夏の午後、ホームの様子を見学していると、鹿児島中央駅からの日豊本線の上り列車が入線した。ホームで待っていた乗客は十数人といったところか。乗客を乗せた一両編成の列車はゆっくりと雨の風景の中へ走り去った。駅にはまた静けさが戻る。雨に煙る風景の中に、開業した当時の鹿児島駅の姿を想像してみる。もはや歴史のひとこまだ。
JR鹿児島本線鹿児島駅
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島駅前には小さなロータリーがあり、その一角には鹿児島市電の鹿児島駅前電停が設けられている。鹿児島駅前電停は市電の北のターミナルだ。3面3線の櫛形ホームに屋根を施した構造で、1991年(平成3年)に完成したものという(以前は屋根の無い電停だったそうだ)。市電の鹿児島駅前電停が開業したのは1914年(大正3年)のことだ。1912年(大正元年)に鹿児島電気軌道株式会社が武之橋〜谷山間で営業を開始し、1914年(大正3年)には武之橋〜鹿児島駅前間が開通した。1928年(昭和3年)、鹿児島市が鹿児島電気軌道株式会社を買収、鹿児島市電気局が発足して路面電車事業を開始、以後、鹿児島市電として市民の日常の足として、あるは観光客の移動手段として親しまれている。
JR鹿児島本線鹿児島駅
鹿児島駅の周辺は、言ってみれば鹿児島市街の“北の外れ”だ。駅前も繁華な街とは言い難い。再開発の計画もあるようで、駅舎の建て替えも検討されているようだ。この駅舎もやがて見ることができなくなるだろう。鹿児島の中心駅としての役割を鹿児島中央駅に譲り、今はまるでローカル線の駅のひとつのような立場に甘んじる鹿児島駅だが、その歴史故か、不思議な存在感を放っている。鉄道ファンなら一度は訪ねてみるべき駅かもしれない。
参考情報
交通
鹿児島駅は鹿児島本線と日豊本線の終着駅だが、実質的には日豊本線の駅のひとつとして考えた方がいい。鹿児島中央駅からJRで向かうなら日豊本線の上りで一駅だ。

鹿児島駅前には鹿児島市電のターミナル、鹿児島駅前電停がある。市電を利用して訪れるのも便利だ。

飲食
鹿児島駅周辺には飲食店はほとんどない。食事は鹿児島市街中心部へ移動して楽しもう。

周辺
鹿児島駅から北西へ1kmほど辿れば南洲公園がある。西郷隆盛をはじめ、西南戦争の犠牲者が眠る南洲墓地がある。

北東側へと、これも1kmほどで石橋記念公園がある。かつて甲突川に架かっていた石橋のうちの三橋が移設保存されている。

南へ1kmほど辿れば桜島フェリーターミナルや「いおワールドかごしま水族館」などがある。

その他、鹿児島市内に点在する観光名所や史跡などを訪ねるなら鹿児島市電や最寄りの停留所から周遊バスなどを利用すると便利だ。
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