幻想音楽夜話
Arrival / Abba
1.When I Kiss The Teacher
2.Dancing Queen
3.My Love, My Life
4.Dum Dum Diddle
5.Knowing Me, Knowing You
6.Money, Money, Money
7.That's Me
8.Why Did It Have To Be Me
9.Tiger
10.Arrival

Arranged and Produced by Benny Andersson and Bjorn Ulvaeus.
1976 Polar Music AB
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「アバ」というグループを知ったのはいつのことだったろう。おそらく1974年にヒットした「Waterloo(恋のウォータールー)」によってではないかと思う。1974年4月にイギリスで開催されたユーロビジョン・ソング・コンテストでグランプリを受賞したこの曲は世界的なヒットとなり、日本でも1974年夏のヒット曲となった。この時に、アバが1970年に「木枯らしの少女」をヒットさせたビヨルン&ベニーというスウェーデンの二人組が母体になったグループだということを知った。

 その後、アバは「落葉のメロディー」、「SOS」、「ママ・ミア」、「哀しきフェルナンド」と、立て続けにヒット曲を連発し、日本のポップス・ファンの間でもよく知られることになった。個人的にはこれらのヒット曲に対して、当時それほどの思い入れはなかった。当時の個人的な音楽的嗜好はロック・ミュージック、とりわけ「ブリティッシュ・ロック」に向けられていたからだった。しかし「哀しきフェルナンド」はとても好きだった。親しみやすさの中に哀愁を滲ませた曲調に心惹かれていた。

 「Dancing Queen(ダンシング・クイーン)」は「哀しきフェルナンド」に続くニュー・シングルとして1976年に発表された楽曲だった。イギリスでは1976年の秋に、アメリカでは1977年の春に、ヒットチャートのトップを飾った。日本では1977年初夏から夏にかけてのヒット曲となり、アバの人気を決定づけるものになった。そして個人的にも、この「Dancing Queen」に大いに心惹かれて、この楽曲が収録されたアルバム「Arrival(アライバル)」を買い求めてしまった。「哀しきフェルナンド」で感じたアバへの期待感が見事に応えられたと思ったものだった。

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 「Dancing Queen」と言えば、今ではアバの代表曲のひとつであるのみならず、1970年代ポップスを代表する楽曲のひとつであり、ポップス史上に残る名曲中の名曲という評価が定まっているように思える。当時を知らない人なら、きっと圧倒的な人気を誇って他を寄せ付けぬ大ヒット曲になったに違いないと思うかもしれないが、意外にもそうではない。当時はベイ・シティ・ローラーズが十代のファンから熱狂的な支持を集めており、他にもさまざまなミュージシャンがそれぞれに魅力的な楽曲でヒットチャートを賑わせていた。例えばイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が日本でヒットしたのもちょうどこの頃だった。「Dancing Queen」もまた、そうした魅力的なヒット曲の中のひとつでしかなかった。しかし、この「Dancing Queen」こそは、アバというグループをポップ・ミュージック・シーンの頂点に君臨するグループに押し上げた楽曲であることは間違いない。「Dancing Queen」以後、アバは押しも押されもせぬトップ・グループとしてミュージック・シーンを席巻するのだ。

 「Dancing Queen」がヒットしていた頃、ロック・ミュージックの好きな人たちの中には相変わらずこうした「ヒット・ポップス」を軽んじ、蔑むような傾向があった。「しょせんはお子さま向けの浅薄な音楽」という見方もあったし、「商品として造られた商業主義の産物」とする見方もあった。そんなとき、面白いエピソードが伝えられたことがある。ディープ・パープルを脱退した後、レインボウを結成して活躍していたリッチー・ブラックモアが、ツアーの合間のプライベート・タイムにはアバを聞いていると語った、というものだった。それを耳にした当時のロック・ファンはリッチーのジョークかとも思ったものだが、一方でアバを支持するファンからは、リッチーでさえもアバの楽曲のクオリティを認めているではないか、という意見が聞かれたものだった。その話の真偽はともかく、当時のロック・ファンがアバに対してどのような思いを抱いていたのかがうかがえて興味深い。

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 アバの「Dancing Queen」は彼らを代表する楽曲として今では広く知られている。アバのヒット曲を集めたコンピレーション・アルバムなどには絶対に欠かすことのできない楽曲と言っていいだろう。そうしたコンピレーション盤で数々のアバのヒット曲とともに「Dancing Queen」を聞くのもいい。あるいはラジオから流れてきた「Dancing Queen」に耳を傾けるのも悪くない。しかし、「Dancing Queen」という楽曲の持つ魅力をもっと存分に楽しみたいというのなら、良い方法がある。アルバム「Arrival」を聴くことだ。

 「Dancing Queen」は、アルバム「Arrival」の二曲目、「When I Kiss The Teacher」に続く楽曲として収録されている。ぜひこのアルバムを冒頭から聴いてみて欲しい。きっとそれまで聞き知っていた「Dancing Queen」より数倍魅力的な「Dancing Queen」が聞こえてくるはずだ。アップテンポの軽やかな楽曲「When I Kiss The Teacher」がフェイドアウトしてゆき、その後に「Dancing Queen」が始まるときに感じる高揚感は言い表せないほどに素晴らしい。心が浮き立つような、目の前がぱっと開けてゆくような、そんな爽快感と高揚感に満たされる。この感覚こそは、「Dancing Queen」という楽曲の魅力を最も良く象徴するものに違いない。

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 アルバム「Arrival」は「Dancing Queen」の他にも「Knowing Me, Knowing You」や「Money, Money, Money」、「That's Me」などといった、よく知られた楽曲を収録している。しかしこれらの楽曲は、後になってよく知られるようになったのであり、当時は単なるアルバム収録曲に過ぎなかった。それほどに、このアルバムのクオリティは高い。最後に収録されたアルバム・タイトル曲「Arrival」はアルバムの締めくくりとしてのエピローグ的なインストゥルメンタルの小品だが、それ以外の9曲、「When I Kiss The Teacher」から「Tiger」に至る楽曲は、どれもおそろしくクオリティが高い。どの楽曲もシングル曲としてヒットしてもおかしくはないと思えるほどだ。

 そしてまた、このアルバムの構成の妙が素晴らしい。決して「コンセプト・アルバム」というような性格のアルバムではないのだが、収録された楽曲のそれぞれが持つ曲想に合わせて、各楽曲がよりいっそう魅力的なものに聞こえるように、楽曲の並びが練り上げられているという印象がある。

 軽やかなポップ・ソング「When I Kiss The Teacher」は、歯切れのよいアコースティック・ギターのイントロが清々しく、「これから何か楽しいことが始まるぞ」というような予感に満ちていて冒頭を飾るに相応しい楽曲だ。そのエンディングがフェイド・アウトしてゆき、「Dancing Queen」だ。目の前に一気に広がる雄大なスケール感、わくわくするような高揚感がなんとも素晴らしい。聴き手の心はすっかりアバの繰り広げる音楽世界に連れ去られてしまう。これほどの楽曲を聞かされた後では、次の楽曲が貧弱に聞こえてしまうこともあるものだが、しっとりとしてドリーミーなスロー・ナンバー「My Love, My Life」がしっかりと「Dancing Queen」の余韻を受け止め、アバの音楽世界を引き継いでくれる。ゆったりと心落ち着けた後には再び軽やかな印象のポップ・ソング、「Dum Dum Diddle」だ。「Dum Dum Diddle」が終われば「Knowing Me, Knowing You」によって再び雄大なスケール感を伴った飛翔感に彩られた音楽世界が待っている。

 LPレコードの時代には「Knowing Me, Knowing You」までがA面で、続く「Money, Money, Money」からがB面だった。B面冒頭を飾る「Money, Money, Money」は少々シニカルなテーマをコミカルな味付けでまとめた楽曲で、他の楽曲とは少しばかり印象が異なっているが、この楽曲もシングル曲としてヒットしたことが裏付けているように、楽曲そのものの完成度は素晴らしい。そして「That's Me」、個人的に「Money, Money, Money」から「That's Me」に至る流れがとても好きだ。そして「That's Me」という楽曲そのものも、とても好きだ。街角の喧噪を離れて一気に大空へと舞い上がり、風に乗って飛翔してゆくような、そんな爽快感、高揚感を感じるのだ。「That's Me」が空の彼方へ遠ざかるようにフェイド・アウトしてゆくと、次はブギを基調にした少しロックっぽい曲調の「Why Did It Have To Be Me」だ。この楽曲は男性ヴォーカルも加えられ、アルバムの中のアクセントにもなっている。仲間と連れだって練り歩くような楽しさを感じる楽曲だ。続く「Tiger」はワイルドな印象のポップ・ソングだ。エンディングの「I am the Tiger」と叫ぶようなヴォーカルが印象的だ。最後に収録された「Arrival」はバグパイプを思わせるサウンドで、スコットランドのトラッド・ミュージックを彷彿とさせるインストゥルメンタル曲だ。繰り広げられたアバの音楽世界をまとめ上げ、締めくくる役割を充分に果たしている。

 アルバムに収録された楽曲は全部で10曲だが、どの楽曲もコンパクトにまとめられ、アルバム全体の演奏時間は33分半ほどでしかない。しかしこの33分半の何と密度濃く、ポップ・ミュージックの楽しさに満ち溢れていることだろうか。シングルとしてヒットした「Dancing Queen」や「Knowing Me, Knowing You」、「Money, Money, Money」はもちろんのこと、他の楽曲の魅力もそれらの楽曲に決して劣るものではない。どの楽曲もポップ・ミュージックの楽しさ、音楽の感動に満ち溢れていて素晴らしい。

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 この頃のアバの音楽は、煌めくような色彩感や雄大なスケール感、滑るような飛翔感、溌剌とした爽快感といったものに彩られ、その中にほんの少し翳りを帯びた哀感を含んでいる。そうしたものが絶妙にブレンドされてアバの音楽世界を造り上げているのだ。それは楽曲そのものの魅力、サウンド・プロデュースの魅力、ヴォーカルとコーラスの魅力といったものが、高次元でバランスされて結実した結果だと言っていい。

 「Arrival」の音楽は、初期のアバが持っていたフレッシュで溌剌とした魅力に加えてさらに深みが増し、といって後期のアバの音楽ほどの落ち着きと円熟さを得ているわけでもない。ポップ・ミュージック・シーンの頂点に駆け上がろうとしていた頃のアバの、まさに最も「勢い」のあった頃の音楽を、形在るものにしたものではないかと思う。アバの音楽は初期のものも後期のものもそれぞれに素晴らしく、ファンの間でもそれぞれに好みがあるようだ。最も好きなアルバムを訪ねられれば、後期のアルバムを挙げるファンも少なくはないが、個人的にはやはり「Arrival」だ。このアルバムはポップ・ミュージック・シーンに残る名盤と言っていいのではないか。

 アバの楽曲は、1980年代以降もテレビ番組の主題歌に採用されるなどして、日本ではときおりリバイバルのちょっとしたブームが起こる。その度に代表曲を集めたコンピレーション盤が新しい装いで発売され、なかなかの売れ行きであるらしい。そうしたコンピレーション盤でアバを知った若いファン、「Dancing Queen」を気に入った若いファンがいるなら、ぜひこのアルバム「Arrival」を聴いてみて欲しい。至福の33分半が待っている。