幻想音楽夜話
Affinity
1.I Am And So Are You
2.Night Flight
3.I Wonder If I Care As Much
4.Mr. Joy
5.Three Sisters
6.Cocoanut Grove
7.All Along The Watchtower

Linda Hoyle : vocals.
Lynton Naiff : organ.
Mike Jopp : guitar.
Mo Foster : bass.
Grant Serpell : drums.
Produced by John Anthony
1970 Vertigo Records.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年にVertigoから発表された一枚のアルバムによってマニアックな英国ロック・ファンの間で伝説のように語られることになったバンドがある。Affinityという。Affinityがこれほどまでにマニアックなファンの心をくすぐるのは、もっぱらKEEFのデザインしたジャケットのアートワークの素晴らしさによるのではないかという気がする。決して美しいとは言えない池のほとりに腰を下ろす女性の姿と、池に浮かぶ二羽の白鳥、青みがかったくすんだ色調の中に印象的に配置される赤の色彩。荒涼として寂寥感を伴う風景は一枚の絵画のようにドラマを孕み、見る者の心を捉えて離さない。KEEFによるデザイン・ワークの中でも屈指の作品と言えるだろう。後にAffinityのLP盤が「超レア盤」として中古市場で高値を呼ぶようになったのは、ひとつにはこのジャケットの魅力に負うところが大きいのではないか。

 いやもちろん、このアルバムがジャケット・デザインだけが魅力の、音楽的には凡作だというつもりはない。ロック史上に残るような傑作だというわけではないが、1970年前後の英国ロックを好むファンにとっては充分に満足できる好盤であることは間違いない。しかしやはり、このジャケットの魅力と、Vertigoから発表されたという事実が、このアルバムに特別の「意味」を与えているのは確かであるような気がする。

節区切

 AffinityはLinda Hoyleという女性ヴォーカリストを中心にした五人編成のバンドで、バンド演奏はLynton Naiffの演奏するハモンドが主体になっている印象だ。Affinityとして発表したアルバムとは別に「Linda Hoyle with Affinity」の名義でシングル盤も発表しており、その時の楽曲は1993年にRepertoireから復刻されたAffinityのCDに追加収録されている。Affinityはこのアルバムの発表後に解散し、Linda Hoyleはソロ・アルバムを発表している。

 Affinityのこの作品は、Vertigoから発表されたことや、KEEFのデザインによるジャケットの印象のためか、英国ロックの中でも特に「プログレッシヴ・ロック」のファンの支持を集めてきた。しかしキング・クリムゾンやイエスなどに代表されるような一般的な「プログレッシヴ・ロック」とはまったく異質の音楽で、敢えて言うなら「プログレッシヴ・ロック」というものが確立する直前の混沌を孕んだ作品だということもできるだろう。楽曲によっては「ブルース・ロック」のようであったり、「サイケデリック・フォーク」のようであったり、「ブラス・ロック」のようであったりするが、強引に一言で言い表すならば、やはり「ジャズ・ロック」という形容が相応しいような気がする。当時のロック/ポップ・シーンに在ったさまざまなスタイルの音楽を、ジャズの素養のある演奏技術に長けたミュージシャンたちがバンドを組んで演奏したらこうなった、とでも言うような感じがする。

 Linda Hoyleは、聴き手を圧倒するようなカリスマ性を持ったシンガーとは言い難いが、ハスキーな声質とジャズ・シンガーを思わせるような歌唱にはなかなか味がある。メランコリックで繊細な歌唱から低音を利かせた迫力のある歌唱まで、その表情も豊かだ。バンド演奏はそれぞれのメンバーがテクニシャンであることを窺わせるが、やはりLynton Naiffの演奏するハモンドが印象的だ。ハモンドの音自体が当時のロックを好むファンには魅力的なものと思うが、Lynton Naiffのインプロヴィゼーション・プレイはキーボード演奏を主体にした1970年代英国ロックを好むファンには堪えられないものではないだろうか。

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 「ジャズっぽいブリティッシュ・ロック」、あるいは単に「ジャズ・ロック」などと形容されるAffinityの音楽は、確かにとてもジャズに近い。Linda Hoyleの歌唱そのものがジャズのようであるし、Lynton Naiffをはじめとしたバンドの演奏も「ロック」というよりは「ジャズ」であるような気がする。「ジャズっぽいブリティッシュ・ロック」ではなく「ブリティッシュ・ロックのようなジャズ」と言っても、あながち間違いではあるまい。そしてそのような音楽スタイルは、1970年前後の混沌としたロック・シーンが生み出した数々の作品を愛する者にとっては、とても魅力あるものではないかという気がする。

 その音楽は決して重苦しいわけではないが溌剌とした爽快さとは無縁で、哀感と翳りを帯びてくすんだ色調の中に沈む。映像的な想像力を喚起するわけではないが思索的な深さを感じさせて聴き手を引き込んでゆく。その演奏は「プログレッシヴ・ロック」のファンの耳にも充分に応えてくれるだろう。特に彼らの自作曲の「Night Flight」や「Three Sistres」でのヴォーカルと演奏は当時のブリティッシュ・ロックの味わいに溢れていて印象に残るものだ。

 アルバムにはさまざまな曲調の楽曲が並び、少々散漫さを感じさせる部分もあるが、肯定的に考えれば彼らの音楽の多彩な表情を味わうことができるのだということもできるだろう。Bob Dylanの「All Along The Watchtower」をカヴァーしているのも興味を覚えるところで、11分を超える演奏ながらドラマティックに仕上がっており、飽きさせない。この曲でのLynton Naiffの演奏は特に聴き応えがある。その他にもEverly Brothersの楽曲などをカヴァーし、Repertoire盤CDに追加収録されたシングル曲ではLaura Nyroの「Eli's Coming」をカヴァーしているから、そうしたアメリカン・ミュージックへの指向があったのかもしれない。この「Eli's Coming」のカヴァーもなかなかいい。

 Affinityの音楽の魅力は、そのアルバム・ジャケットの魅力に決して劣らない。「名盤」という形容が相応しいかどうかは、聴き手それぞれの嗜好と判断に委ねられるべきと思うが、決して平凡で退屈な作品ということはない。その音楽の印象がKEEFのデザインしたジャケットのもたらす印象と呼応しているかという点では、個人的には少々疑問に感じる部分もないわけではないが、それほどかけはなれたものでもないだろう。少々地味な色彩の音楽は鮮烈な印象を与えてくれるわけではないが、聴き込むほどに味わいが増すようでもある。

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 「時代の音」という言い方がある。それぞれの時代に於いて特徴的な音楽の形というものが、確かにある。Affinityの音楽はまさに1960年代末期から1970年代初期に於ける英国ロックの音と言っていい。当時、「ロック・ミュージック」はさまざまな要素を取り込みながら肥大化し、進化を続けていた時代だった。ある者はまだまだ開発途上の電子楽器を駆使して幻惑的な音世界を造りだし、ある者はハードでメタリックなギター・サウンドを前面に据え、ある者はジャズの技法を持ち込んで新たな音楽の創造を試みた。さまざまな方法論が互いに刺激しあい、絡み合って新たな音楽が造り出されようとしていた時代だった。当時のロック・シーンにはそのような「うねり」があった。

 そしてAffinityの音楽もまたそのような「うねり」の中に浮かび、「進化するロック」の息吹を内包するものだっただろう。Affinityの音楽には、当時のロックが纏っていた独特の空気が渦巻いている。Affinityの音楽を聴いていると、1970年代のロック・ミュージックを愛する立場として、そのような時代の空気に何とも言えない心地よさを感じてしまう。すべての音楽ファンに勧めたいとは思わないが、1970年前後の英国ロック・シーンが生み出した数々の作品群を愛するファン、特にオルガン演奏を主体にした音楽を好む人たちや女性ヴォーカルをメインに据えたブリティッシュ・ロックを好む人たちには、ぜひとも聴いて欲しい作品である。