幻想音楽夜話
百合花 / amin
1.百合の花
2.LOCO-MOTION
3.春夏秋冬
4.ある日、バス停で
5.TIME AFTER TIME
6.大きな河と小さな恋
7.思い出
8.上海ブギウギ(東京ブギウギ)

amin : all vocals

中塚武 : programming & keyboards (1,2,4,5,6,7)
中川俊郎 : acoustic piano, old "STEINWAY" piano & "FENDER RHODES" piano (1,3,5,6,7,8)
バカボン鈴木 : bass & fretless bass (1,2,4,5,6)
落合ストリングス : strings (1,2,4,5,6)
堀越信康 : acoustinc guitar (5,6,8)
ペッカー : percussion (2,5)
石垣健太郎 : acoustinc guitar (2)
原田節 : ondes martenot (7)
John Lee : vocal arrangement & back ground vocals (8)
高橋ゲタ夫 : bass (8)
山口とも : mini drums (8)
渡辺秀文 : percussion (8)

Produced by 渡辺秀文
2003 DREAMUSIC Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 2003年にサントリー烏龍茶のCMソングに使用された「大きな河と小さな恋」という楽曲をご存じだろうか。中国語で歌われるその楽曲のゆったりとして叙情的な曲想、高く澄んだ歌声を印象深く覚えている人も多いのではないだろうか。曲名を聞いてもピンと来ないという人でも、聞いてみれば「ああ、この曲か」と思うことだろう。この「大きな河と小さな恋」を歌っていたのが、amin(あみん)という名の上海出身の女性シンガーだ。aminの歌声が広く日本の人々の耳に届いたのは、おそらくこのCMによってではないだろうか。「大きな河と小さな恋」の後にも「東京ブギウギ」をカヴァーした「上海ブギウギ」や、YMOの代表曲「ライディーン」のカヴァーが同じCMソングとして使われ、aminの歌声はその名を知らない人にもすっかり浸透してしまった気がする。

 aminは13歳の頃に中国の弾き語りコンテストで優勝して音楽活動を開始したという。家庭的にも恵まれ、幼少の頃から中国琵琶やギターを始めて音楽的才能を開花させてきた人物のようだ。19歳のときに初来日し、「夜総会BAND」のヴォーカルとして東京でもライヴを行ったそうだから、その時から知っているファンもあるかもしれない。2000年からは上海と東京とを行き来しつつ音楽活動を続けていたが、後に活動の拠点を完全に日本に移したようだ。2003年、前述の「大きな河と小さな恋」によって日本でも広く知られるようになる。2005年に愛知県で開催された「愛・地球博」の音楽イベント「Love The Earth」のファイナル・テーマ・ソング「Smile Again」を「松任谷由実 with Friends Of Love The Earth」の一人として歌い、これによって同年暮れの「紅白歌合戦」にも出場したことは記憶に新しい。「紅白歌合戦」出場はホールのステージではなく上海からの中継ではあったが、松任谷由実の「紅白歌合戦」出場も初めて、中国人歌手の「紅白歌合戦」出場というのも初めてだったらしい。余談だが、あのとき和服姿のユーミンの横でディック・リー、イム・ヒョンジュ、シェイ・クーらと共に歌う小柄な女性シンガーのことを、サントリー烏龍茶のCMソングを歌っていたシンガーだと知らなかった人も、「紅白歌合戦」をテレビで見ていた人の中には少なからずいたのではないだろうか。

節区切

 「百合花」は、そのaminの、日本でのソロ・デビューとなるミニ・アルバムだ。収録されているのは前述の「大きな河と小さな恋」や「上海ブギウギ」を始め、全部で8曲、収録時間も30分足らずの、コンパクトなアルバムだ。「百合花」、「春夏秋冬」、「ある日、バス停で」、「大きな河と小さな恋」、「思い出」の5曲がオリジナル曲、「LOCO-MOTION」、「TIME AFTER TIME」そして「上海ブギウギ」の3曲がカヴァー曲という構成になっている。「LOCO-MOTION」は1962年にリトル・エヴァが歌って大ヒットした楽曲だが、キャロル・キングが作曲した楽曲としても広く知られている。「TIME AFTER TIME」はシンディ・ローパーによる1984年の大ヒット曲だ。「上海ブギウギ」は原曲を「東京ブギウギ」という。服部良一が作曲、笠置シヅ子が歌って戦後間もない1948年に大ヒットした楽曲で、戦後の日本歌謡の名曲のひとつだ。「上海ブギウギ」は「東京ブギウギ」の「東京」を「上海」に置き換えてのカヴァーだ。

 このミニ・アルバムは日本のミュージシャンのサポートのもと、日本で制作されたものだが、収録曲はすべて中国語で歌われている。オリジナル曲の歌詞はすべてamin本人が作詞し、本来は英語詞や日本語詞のカヴァー曲もamin本人が訳詞を担当し、中国語の歌詞で歌っている。中国語に堪能でない身では歌詞の内容はCDに添えられた訳詞に頼らざるを得ないが、その曲想や歌唱の印象に相応しい、リリカルでロマンティックな内容の歌詞が綴られており、aminのアーティストとしての感性の一端を知ることができる。中国語で歌われるそれぞれの楽曲を聴いていて思うのは、中国語という言語がこれほどにも美しい響きを持っていたのかということだ。もちろんaminというシンガーの声質や歌唱の印象に因るところも少なくないのだろうが、中国語という言語が現代的なポピュラー・ミュージックのメロディに乗って歌われるとき、これほどにも美しく、柔らかくおおらかに響くということを、寡聞にして今まで知らなかった。日本語詞や英語詞に慣れた耳にはフランス語の楽曲やイタリア語、あるいはドイツ語の楽曲などは新鮮に聞こえるものだが、中国語の楽曲は今まで知っていたどんなものとも違った新鮮さが感じられ、その響きにすっかり魅了されてしまった。

節区切

 aminの声質は高く透明感があり、少しばかりか細い感じもあって、いわゆる「ウィスパリング・ヴォイス」的な表情を見せることもあるが、決して「お色気を売り物にする」ようなところはなく、どちらかと言えば清涼で清楚な印象の中にコケティッシュな表情が覗くところが魅力的だ。もちろん歌唱の実力は素晴らしく、楽曲の持つ情感を見事に表現していて、その歌声に思わず引き込まれてしまう。「LOCO-MOTION」、「TIME AFTER TIME」、「上海ブギウギ(東京ブギウギ)」という、タイプの異なる楽曲をカヴァーし、原曲の持つ魅力を損なうことなく新たな色彩を与えてaminの世界を形作っているところなどは、まさにaminのシンガーとしての実力を示すものと言っていい。「LOCO-MOTION」や「上海ブギウギ(東京ブギウギ)」などは、リトル・エヴァや笠置シヅ子によるオリジナルは力強く元気のある歌唱が魅力の楽曲だが、aminのカヴァーはもっと軽やかにさらりと歌い、すっかり別のイメージに生まれ変わらせている。原曲を知る人には、その違いも楽しめるに違いない。

 アルバムに収録された5曲のオリジナル曲も、もちろん素晴らしい。作編曲は中川俊郎と中塚武によるものだが、楽曲のメロディもaminの歌唱と、その音楽世界に見事に合致している。こうした場合、往々にして「単に日本のポップスの歌唱を中国のシンガーに置き換えただけ」といった印象になりがちなのだが、そのような無理な感じがない。作編曲を担当した中川俊郎と中塚武も、おそらくaminというシンガー、いやアーティストに、魅了されてしまったのだ。そして中川俊郎と中塚武のふたりがaminの音楽世界に引き込まれるようにして、このような音楽が出来上がったのだ。おそらくそうに違いない。日本人スタッフによる「日本のポップス」に、aminというシンガーをいわば「素材」として嵌め込んで作り上げたような、ある種の「あざとさ」が、ここにはまったく無い。主体はあくまでaminであり、aminのアーティストとしての背景となる音楽世界が味わい深く広がっている。

 アルバム・タイトルとなった「百合花」は、甘い言葉は恥ずかしくて言えないから、あなたのために花を贈りましょう、という内容で、しっとりとした印象のラヴ・ソングだ。「春夏秋冬」は人生を季節の移り変わりになぞらえて歌った内容で、リリカルで透明感溢れる曲想の中に生きることの悲哀のようなものを漂わせている。「ある日、バス停で」はお洒落で高飛車な女性と素朴で土臭い女性のふたりが同じバス停でバスを待っているという情景を歌ったもので、そのふたりの対比の中に深い意味を与えている。少々悲壮感の漂う曲想の中にジャズ風のピアノが印象的に響いている。「大きな河と小さな恋」はタイトルからも想像できるが、しっとりとしたラヴ・ソングだ。メロディも美しく、aminの歌唱も素晴らしい。「思い出」は失恋をテーマにした楽曲のようで、哀しげな曲想が印象的だ。この楽曲で聞かれる不思議な音色の電子音はONDES MARTENOT(オンド・マルトノ)と呼ばれる電子楽器で、1920年代にフランスで発明されたものという。そのONDES MARTENOTの奏者として世界的に有名な原田節が参加しての楽曲だ。

 オリジナル曲にカヴァー曲を加えた構成で、各楽曲にそれぞれの表情があり、それぞれに魅力的だが、やはり「大きな河と小さな恋」は特に素晴らしい。CMソングとして使われた途端に話題となったのも頷ける。ゆったりとたゆたうようなリズム、大陸的なスケールを感じさせる雄大な印象、その中に響く透明感溢れるaminの歌唱、すべてが素晴らしい。切々としてひたむきなaminの歌声を聴いていると、忘れてしまった若い日の疼きのような痛みが胸の奥に甦ってくるようだ。aminというシンガー、アーティストの魅力を見事に具現化した楽曲だと言っていい。まさに「名曲」という形容が相応しい。

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 中国語で歌われるポピュラー・ミュージックというものは、現在の日本の音楽市場では「アジアン・ポップス」などといった「ジャンル」にカテゴライズされてしまうかもしれない。日本のポップス/ロックのファンにも、あるいは英語詞のポップス/ロックのファンにも、中国語で歌われているというだけで敬遠されるかもしれない。そうだとすれば、とても「もったいない」という気がする。透明感溢れる歌声の美しい女性ヴォーカルというものを好む音楽ファンは少なくないが、そのような人でaminを知らない人はぜひとも一度聞いてみて欲しいと思う。コケティッシュな女性ヴォーカルが好きな男性ファンなら、「上海ブギウギ」を聞いてみるべきだ。間奏が始まるところの「Hey」というaminの声だけで魅了されてしまうことは間違いない。

 aminという人は充分に大人の女性だが、少女のような無垢な部分も併せ持った人なのではないかと思う。彼女の歌声を聴いていると、ふとそんなことを思う。しっかりとした力強さの中に、コケティッシュな可愛らしさや、少女期のドリーミーでロマンティックな心情が見え隠れする。そんなaminの歌声と歌唱が、何よりの魅力だ。しっとりとした情感を漂わせつつ、ふと顔を覗かせる少女の表情、そんな彼女の歌唱にすっかり魅せられてしまう。その歌声は思い出のように美しく、若い日の夢のように儚く、過ぎ去った恋のようにせつない。彼女の歌声は、まるで早春の南風のように胸の奥を甘くくすぐる。その感覚が忘れられず、何度も何度もその歌声を聴く。