幻想音楽夜話
Angel
1.Tower
2.Long Time
3.Rock & Rollers
4.Broken Dreams
5.Mariner
6.Sunday Morning
7.On & On
8.Angel (Theme)

Barry Brandt : drums and percussion.
Mickey Jones : electric bass.
Greg Giuffria : organ, piano, clavinet, harpsichord, mellotron, string ensemble and all synthesizers.
Punky Meadows : all guitars.
Frank Dimino : all vocals.

Produced by Derek Lawrence and Big Jim Sullivan.
1975 Polygram Record Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年代の中頃、ロック・シーンはそろそろ世代交代の時期を迎えていた。1960年代の終わりから1970年代の初めにかけてデビューし、1970年代の前半にロック・シーンの頂点に君臨した「ビッグ・ネーム」のバンドたちは、成熟の域を越えてしまったのか、メンバーチェンジや音楽性の変化などによって混迷の道を彷徨っているように見えた。代わって台頭してきたのは、そうした「ビッグ・ネーム」のバンドたちの影響の下に1973年から1974年頃にかけてデビューしてきた若いバンドたちだった。特に日本ではクイーン、エアロスミス、キッスの三バンドが人気を得て、明日のロック・シーンを担うバンドとしての評価を確立しつつあった。

 そのような状況の中、エンジェルというアメリカのバンドがデビューした。バンド名をそのままタイトルとした彼らのデビュー・アルバムは1975年、日本では1976年の初めに発表された。クイーン、エアロスミス、キッスらの人気が確実なものになろうとしている時期だった。少々「遅れてきた」観はあったが、エンジェルもまたその列に加わるべき、新しい世代のロック・バンドのひとつであったように思える。

 エンジェルのデビューは、日本ではやはりまず若い女の子たちの目に留まったのではなかったかと思う。雑誌のグラビアなどで紹介されたバンドのメンバーの容姿はまるで少女漫画の主人公を思わせた。日本の女の子たちから「アイドル的」な人気を得るのも無理のないことだったろう。そうしてエンジェルは急速に知名度を高めてゆく。それはクイーンのデビュー時の推移を彷彿とさせるものだった。「Angel」というバンド名やメンバーの容姿、そしてその音楽性もまた、クイーンの「ライバル」的に見なされることも少なくはなかった。イギリスのクイーン「対」アメリカのエンジェル、という図式が、見え隠れしていた。すでにその人気を不動のものにしつつあったクイーンと対照的に見せることによってエンジェルの評価を高めようというコマーシャリズムの思惑もあったのかもしれない。

節区切

 その容姿からややもすれば「アイドル・バンド」として見なされがちなエンジェルだったが、その音楽は決して「アイドル・ポップス」ではなかった。エンジェルの音楽は1970年代前半のブリティッシュ・ロックの流れを汲む、いわば「硬派」のロック・ミュージックだったのだ。その演奏は紛れもなく1970年代前半に隆盛を極めたブリティッシュ・ハード・ロックやプログレッシヴ・ロックの系統を受け継ぐものであり、そこに若いアメリカのバンドらしい新たな解釈を加えたものだったと言えるだろう。

 エンジェルがデビューした当時、ブリティッシュ・ハード・ロックもプログレッシヴ・ロックも衰退の一途を辿っていた。多くの「ビッグ・ネーム」のバンドたちがメンバー・チェンジなどを経て音楽性を変化させ、その将来を期待されたクイーンでさえ、1975年の暮れに「オペラ座の夜」を発表、「ブリティッシュ・ロック」のファンが望むものとは異なる方向へと進もうとしていた。自分たちの愛する「栄光のブリティッシュ・ロック」はどうなってしまうのか、ファンはその行方を見守るしかなかった。エンジェルの音楽は、そうした「ブリティッシュ・ロック」のファンに迎えられた観もあった。衰退しつつある「ブリティッシュ・ロック」を受け継ぐバンドがまさかアメリカから現れるとは誰も予想してはいなかった。それは当時意外な驚きと期待をもって「ブリティッシュ・ロック」のファンの注目を集めたものだったような気がする。

 エンジェルの音楽には1970年代前半の「ブリティッシュ・ロック」を愛したファンの望んだものの本質的な魅力があった。もちろんバンドはまだ若く、未消化の部分も多かった。その音楽が何の影響下にあるのか、時に露骨に見え隠れしていた。デビュー・アルバムに収録された楽曲は、レッド・ツェッペリンの楽曲を思わせるものだったり、ブラック・サバス風であったり、あるいはEL&P的であったり、キング・クリムゾンの影響を感じさせるものだったりした。しかし、だからと言って、それがどれほどの欠点だというのか。逆説的に言えばそれらの影響を色濃く感じさせる音楽こそ、当時のブリティッシュ・ロックのファンが望んだものではなかったか。エンジェルの音楽を「良し」として迎えたファンの多くは、エンジェルの音楽の中に潜むブリティッシュ・ロックの遺伝子と、そこから開花するであろう大きな可能性を見いだしていたはずだった。

 中期レッド・ツェッペリンを思わせる重厚で硬質なロック・ミュージックを基本に、メロトロンやシンセサイザーといった「プログレッシヴ・ロック」にとっては定番とも言える楽器を大々的に使用した音楽は、まさに「ハード・ロック」と「プログレッシヴ・ロック」という1970年代前半のブリティッシュ・ロックを代表する二大潮流を集約して受け継ぐものであるかのように見えた。重厚で「うねる」ようなリズム、硬質で鋭いギター・リフ、キーボード群のサウンドが織りなす幻想的な色彩、哀感を帯びたメロディ、深遠で壮大なスケール感、エンジェルの音楽の魅力は、そのままブリティッシュ・ロックの魅力そのものだった。

 アルバム冒頭に収録された「Tower」は、そうしたエンジェルの魅力を象徴する楽曲だっただろう。重厚で硬質な音像の上を縦横無尽に飛び交うシンセサイザーの唸り、緩急を織り交ぜたドラマティックな展開、時に幻想的な音世界を現出し、聴き手をエンジェルの世界へと誘う。その世界はアメリカのバンドらしい乾いた感触を伴いながらもブリティッシュ・ロックのファンが望んだ音楽そのものだったと言っていいだろう。

節区切

 デビューしたばかりのエンジェルにはまだまだ未熟な部分も多く、音楽の「深み」といったものに欠ける側面もあった。しかし、そのルーツを明らかにし、そこから自らのオリジナリティを確立しようとする若いバンドの、フレッシュな魅力が、このデビュー・アルバムには満ち溢れていた。

 1970年代前半に隆盛を極めたブリティッシュ・ロックが衰退の時期を迎えた時、それを受け継ぐようにアメリカから若いバンドが登場した。そのことは当時のロック・シーンの変化を如実に物語っていたかもしれない。エンジェルがデビューした頃、やはりブリティッシュ・ロック的な味わいの音楽を携えて、カンサスやスティクスといったアメリカのバンドがその人気を確立しようとしていた。物語性の強いコンセプチュアルな作品を発表しつつ、その一方で親しみやすい楽曲をヒット・チャートに送り込むことによって、彼らはアメリカ市場で商業的な成功を得ようとしていた。1960年代の終わりからさまざまな音楽的実験を繰り返してひとつの時代を築いたブリティッシュ・ロックは、時と場所を隔てて新たな地平の上に花を咲かせようとしていたのかもしれない。

 ブリティッシュ・ロックのファンに迎えられ、その将来を期待されたエンジェルだったが、決して順風満帆というわけではなかった。時代はかつてのような「ブリティッシュ・ロック」の継続を望んではいなかったのだ。「ロック」はカウンター・カルチャー的意味合いを持っていた頃からは大きく変化し、音楽産業の中に組み込まれようとしていた。そしてその一方で、ロック・シーンの根底では別の大きな動きが起きようとしていた。時代はまさに「パンク」の台頭を迎えようとしていたのである。