幻想音楽夜話
Bad Company
1.Can't Get Enough
2.Rock Steady
3.Ready For Love
4.Don't Let Me Down
5.Bad Company
6.The Way I Choose
7.Movin' On
8.Seagull

Paul Rodgers - vocals.
Mick Ralphs - guitar.
Boz Burrell - bass.
Simon Kirke - drums.

1974 Swan Song.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 バッド・カンパニーのデビューは1974年、特に日本ではクイーンのデビューと時期が重なっていた。当時の「ブリティッシュ・ロック」は1970年前後にデビューしたバンドたちが円熟期を迎えて数多くの傑作が発表されつつも、その一方で将来有望な新人アーティストのデビューが強く望まれていた時期だった。クイーンのデビューとバッド・カンパニーのデビューは、そうした時代の要請に見事に応えうるものとして期待されたものだったように思う。

 「ブリティッシュ・ロック」の分野で同時期に「新人」としてデビューしたこのふたつのグループは、しかしあらゆる意味で好対照な存在だったと言ってよいだろう。それまで音楽シーンに名を知られていなかったまったくの新人であったクイーンと、ロック・シーンですでにある程度の知名度と評価を得ていたミュージシャンたちによって結成されたバッド・カンパニー。「ハード・ロック」と「プログッレシヴ・ロック」の双方の魅力を兼ね備えたかのような、ドラマティックで華麗な音楽性によって、特に若いロック・ファンを魅了したクイーンと、「ブリティッシュ・ロック」としてはひとつの正統とも言える、ブルースに根ざした重厚な音楽性で、特に従来からの「ブリティッシュ・ロック」のファンの期待を背負ったバッド・カンパニー。やがて激変するロック・シーンの中で、そのふたつのバンドの歩んだ道もまた大きく異なったものになった。

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 バッド・カンパニーは、フリーのメンバーであったポール・ロジャースとサイモン・カークのふたりによって結成されたバンドだった。そのふたりにモット・ザ・フープルのギタリストであったミック・ラルフスが合流し、さらにキング・クリムゾンでの活動歴もあるボズ・バレルが加わって、バッド・カンパニーはバンドとして完成する。元フリーのメンバーがふたり在籍したこともあって、当時のファンの多くはそこにフリーの再来を思い描いたものだっただろう。バンド名こそ「フリー」ではなく「バッド・カンパニー」だが、ポール・ロジャースとサイモン・カークが新たなメンバーを迎えて結成した「新生フリー」ではないのかと、大いに期待したものだったに違いない。

 デビュー以前から大きな期待を背負ったバッド・カンパニーは1973年の暮れにデビュー・アルバムを制作、翌1974年の春にはステージでのデビューを飾り、同年5月にはデビュー・アルバムとシングル「Can't Get Enough」を発表する。レッド・ツェッペリンが設立した新しいレーベル「スワン・ソング」から発表されたことも、当時大きな話題になった。シングルは英米でも、そして日本でもヒットとなり、デビュー・アルバムも高評価をもって迎えられた。

 その音楽は、まさにフリーの再来を思わせた。アンディー・フレーザーとポール・コゾフのクセのある演奏がないのがフリーとの決定的な差異を感じさるものではあったが、ポール・ロジャースの深みのある歌唱はフリー時代よりさらに円熟味を増しているようにも思われ、彼の歌声を愛する多くのファンを喜ばせてくれたものだった。バッド・カンパニーの音楽は、誤解を恐れずに言えば、フリーのアクの強い音楽性を一般化し、大衆化したもののようにも感じられた。そのことはマニアックなフリーのファンから否定的に語られることもあるが、他の多くのロック・ファンにとっては、バッド・カンパニーの音楽はフリーよりわかりやすく、聴きやすいものであっただろうし、基本的にそれは肯定すべきことだったはずだ。そもそも、多くのファンが「フリーの再来」を思い描いていたとしても、ポール・ロジャースをはじめとするバンドのメンバーたちは「フリーとは違う新たな」バンドであることが出発点であっただろうし、フリーとは異なる音楽が創造されることは当然のことだった。

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 1970年代前半の「ブリティッシュ・ロック」が語られる時、当然のように「ハード・ロック」と「プログレッシヴ・ロック」の二大潮流がその中心にあったように解釈されることも少なくないが、どれほど目立った流れであったとしても、それらはあくまで一部の特化したスタイルだったと言えるだろう。「ブリティッシュ・ロック」の底流にはブルースやロックン・ロールやトラッド・ミュージックなどに根ざしたシンプルで根元的なロック・ミュージックが連綿と流れていたのであり、それらこそが「ブリティッシュ・ロック」の「ブリティッシュ・ロック」たるものを支えていたのだ。スタジオでのレコーディング技術や大音量で攻撃的な演奏の緊張感や電子楽器の造り出す幻惑的な音像に頼ることなく、歌唱と器楽演奏のもたらす基本的な音楽的感動の創造に重きを置いたバンドたちは少なくなかった。ローリング・ストーンズがそうであったように、ザ・フーがそうであったように、フリーも、そしてバッド・カンパニーもまた、そうしたバンドたちのひとつだった。

 バッド・カンパニーの音楽は、言うまでもないことだが、「プログレッシヴ・ロック」ではない。「ハード・ロック」でもない。硬質で鋭いギター・リフとシャウトするヴォーカルの造り出す「ハード・ロック」の緊張感や、テクニカルな演奏と電子楽器などによって造り出される前衛的で幻惑的な音楽世界とは無縁だ。彼らの音楽は、ロック・ミュージックの中に新たな方法論を取り込み、新たなスタイルのロックの創造を試みるような姿勢のものではないのだ。

 彼らの音楽のルーツにあるのは、紛れもなくブルースであろう。そして彼らの音楽は、自らの愛するそれらの音楽への敬愛の思いに満ちあふれている。そうした音楽を自らの解釈によって、自らの表現として歌い、演奏し、音楽を成すことにこそ、彼らの音楽の基本があると言って良いだろう。何ら奇をてらうことなく、真摯に奏でられる彼らのロック・ミュージックの魅力は、そうしたシンプルな歌唱と器楽演奏の中に込められた深い味わいの中にこそある。

 楽曲によってはメンバー自身やゲスト・ミュージシャンの演奏によるピアノやサックスなども加わってはいるが、彼らの音楽を支えるのはギターとベースとドラムスという最小限の楽器編成であり、その演奏にポール・ロジャースの歌唱が融合して深い味わいを醸し出す。殊更にテクニカルであるわけでもなく、殊更に「凝った」構成の楽曲であるわけでもなく、その音楽はシンプルの一語に尽きるが、そのことによって、ギターの音のひとつひとつ、ベース、ドラムスの響きのひとつひとつ、そして「歌」そのものが、深い味わいを伴って聴き手に届くのだ。

 彼らの音楽は時に迫力ある重厚さを垣間見せるが、決して攻撃的な印象になることなく、その表情は穏やかで安らかであるとさえ言える。その重厚感は、「地に足の着いた」という形容が相応しい安定感となって音楽の基礎を支えている。その音楽はロック・ミュージックとしての豪放さを携えていながらも、それと同時にとても繊細な情感を兼ね備えてもいる。バッド・カンパニーの音楽はブルースに根ざしたシンプルなロック・ミュージックだが、「聴けば聴くほど味わいが増す」という表現がまさに似合う。「いぶし銀のような」という形容があるが、その形容もまた、バッド・カンパニーの音楽には似合うのではないか。

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 シングルとして発表され、アルバムの冒頭を飾る「Can't Get Enough」は、ミック・ラルフスによる楽曲で、当時の「ブリティッシュ・ロック」が生んだ名曲のひとつに数えても差し支えあるまい。「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー」というカウントから始まる演奏は、それだけでもなぜかとても「かっこよく」、スピーディーに過ぎることなく重厚で安定感に満ちた演奏は独特の躍動感を伝えてくれる。ミック・ラルフスの奏でるギターは少しばかり甘さを感じる音色(決して否定的意味で、甘い、というのではない)だが、ソロ部分のフレーズも見事にキマっている。「Rock Steady」はポール・ロジャースの楽曲で、リフが印象的なロック・ナンバーだ。これもミディアム・テンポの独特のグルーヴ感が素晴らしい。「Ready For Love」はミック・ラルフスの楽曲で、モット・ザ・フープル時代にも演奏されていた楽曲という。叙情性豊かなバラードで、印象的に響くキーボードはミック自身の演奏によるもののようだ。「Don't Let Me Down」はポール・ロジャースとミック・ラルフスの共作で、ブルース感覚漂うバラードだ。まさにバッド・カンパニー流のブルースであるのだろう。間奏部分でサックスの演奏が聴かれるが、これはゲスト・ミュージシャンとして名を連ねるメル・コリンズのものだろう。

 LP時代にはB面の冒頭となり、バンド名と同じタイトルの「Bad Company」は、ポール・ロジャースとサイモン・カークとの共作曲だ。静けさを湛えた演奏から重厚な演奏へと転じるあたりがなかなか「聴きどころ」で、ある意味で「迫力」のようなものを感じさせてくれる。ポール・ロジャースによる「The Way I Choose」もまたスローなバラードだ。繊細なギターの音色と切々と歌い上げるポールの歌唱が印象的だ。「Movin' On」はミック・ラルフスのペンによるロックン・ロールで、アメリカでは「Can't Get Enough」に続くシングルとして発表されたものらしい。ロックン・ロールと言っても当然のことながらバッド・カンパニー流のロックン・ロールであり、攻撃的で猥雑な印象はまったく感じさせず、殊更にスピーディーであることもなく、味わい深いグルーヴ感が見事だ。「Seagull」はポール・ロジャースとミック・ラルフスとの共作曲だが、この曲に限ってはポール・ロジャースひとりだけでの歌唱と演奏によってレコーディングされたものであるらしい。静かなアコースティック・ナンバーで、繊細なギター演奏と叙情的な曲想が見事に呼応し、情感豊かなポール・ロジャースの歌唱も素晴らしい。

 アルバムに収録される楽曲は全部で8曲、トータルの演奏時間は35分ほどだが、内容は濃く、どの楽曲もそれぞれに味わいがあって甲乙付けがたい。いわゆる「捨て曲無し」の、充実したアルバムである。まさに「名作」の名が相応しい。

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 1970年前半の「ブリティッシュ・ロック」を席巻した「ハード・ロック」や「プログレッシヴ・ロック」や、さらに「グラム・ロック」などといったスタイルの、大音量で奏でられる攻撃的な演奏や、テクニカルな演奏によって繰り広げられる難解な音楽、虚飾めいて退廃的なスタイルといったものを好まず、そうした音楽が脚光を浴びることに辟易していた一部のロック・ファンにとって、バッド・カンパニーの音楽はまさに「これこそがブリティッシュ・ロックの本流なのだ」と思わせるに充分なものだったのではないか。そしてまた「ハード・ロック」や「プログレッシヴ・ロック」を好んでいたファンにさえ、「やはり基本はここにあるのだ」と思わせるに充分なものだったのではないか。だからこそ、ありとあらゆるスタイルのロック・ミュージックが花開いた当時のシーンに於いて、「地味」とさえ言えるバッド・カンパニーのデビュー・アルバムが好意的に迎えられ、商業的な成功をもたらしたのではないか。

 ポール・ロジャースの歌唱を愛するロック・ファンにとって、ブルースに深く根ざした「ブリティッシュ・ロック」を愛する多くのロック・ファンにとって、そして「ロック」という音楽を愛するすべてのファンにとっても、このバッド・カンパニーのデビュー・アルバムは回帰すべき場所のひとつと言えるのではないか。個人的には、まさにそうだ。今では日常的に聴くことも少なくなった作品ではあるが、ときおり思い出したように取り出しては聴いてみる。スピーカーから流れるその音楽に、なぜか不思議に故郷に帰ったような安堵感を覚えるのは、決して「昔好んで聴いていた音楽だから」という理由だけではないような気がするのである。