幻想音楽夜話
Black Sabbath
1.Black Sabbath
2.The Wizard
3.Behind The Wall Of Sleep
4.N.I.B.
5.Evil Woman, Don't Play Your Games With Me
6.Sleeping Village
7.Warning

Ozzy Osbourne : vocal.
Tony Iommi : guitar.
Bill Ward : drums.
Geezer Butler : bass.

All songs written by Black Sabbath.
Produced by Rodger Bain.
1970 Vertigo
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1960年代後期から1970年代初期のロック・シーンはありとあらゆるスタイルのロック・ミュージックが試行された時期だったが、その中に於いてもブラック・サバスというバンドはかなり特異な位置にあったのではないかと思える。1960年代の終わりにイギリスのロック・シーンを席巻したブルース・ロックの潮流の中からさまざまなバンドが巣立ち、そこからさらにジェフ・ベックのグループやレッド・ツェッペリンなどによって「ハード・ロック」の方法論が生まれたが、ブラック・サバスはそうした流れの中に位置してはいないように見えるのだ。ブラック・サバスの音楽は紛れもなく「ハード・ロック」と呼べるものだが、1960年代末期のブルース・ロックからのいわば「正常進化型」の「ハード・ロック」ではないように見える。ブラック・サバスの音楽は、何か別のものだったような気がする。

節区切

 「安息日」を意味する「SABBATH」に、「BLACK」という形容詞を冠したバンド名は、彼らの音楽のイメージをそのまま象徴していたものだっただろう。彼らの音楽には「悪魔」とか「魔術」といったキーワードを見てとることができる。当時彼らが「黒魔術」的なものにどれほど傾倒していたのかは知らないが、そうしたバンドの音楽的指向は主にベース奏者のギーザー・バトラーの主導であったらしい。ブラック・サバスの、このファースト・アルバムは1970年2月13日の金曜日に発売されたのだという。ブラック・サバスのメンバーの意図によるものだったわけではなく、強いて言えばブラック・サバスのイメージを利用しようとした販売戦略であったようだが、それでも後々ブラック・サバスが語られる時の重要なエピソードのひとつになったことは確かだ。彼らの音楽がもたらす暗く重くおどろおどろしいイメージは、さまざまな噂やエピソードと共に「悪魔」や「魔術」というキーワードに密接に呼応し、その後のブラック・サバスのイメージを決定づけるものになった。

 デビュー当時のブラック・サバスは保守的なイギリスの音楽シーンでは受け入れられず、このデビュー・アルバムもまず西ドイツで支持され、バンドもその主な活動の場を西ドイツのハンブルグに求めたという。そこから徐々に知名度を高め、アメリカ市場に受け入れられ、やがてイギリスのロック・シーンに凱旋することになる。ブラック・サバスのデビューは、日本のロック・ファンの間でどのように捉えられたのだろうか。キリスト教的世界観に馴染みのない大方の日本人にとって、彼らの「黒魔術」的イメージはなかなか実感しにくく、どこか異世界的な要素を感じさせるものだったかもしれない。それでも、ブラック・サバスの音楽の持つ異様な雰囲気はどこか不敬で冒涜的なイメージをもたらし、「ロック」が未だ反体制的で反主流的な思想性を携えていた時代の中で、そうした「ロック」の思想性のひとつの具現として感じられたものだったようにも思える。

節区切

 ブラック・サバスの音楽は、ひたすら重く暗く、沈み込むような閉塞感に覆われている。バンド名と同じタイトルの付けられた「Black Sabbath」は、そうした彼らの音楽性を象徴する楽曲だと言ってよいだろう。轟く雷鳴と雨の音、その中に遠く響く鐘の音という象徴的な効果音に導かれて、闇の中から浮かび上がってくるように聞こえてくる音像の何と印象的なことだろうか。重く引きずるようなギター・サウンド、何かを呪うかのようなオジー・オズボーンの歌声、その印象は暗く深い淵の底から甦った悪しき何物かの姿をも連想させ、聴く者に恐怖感さえ抱かせる。楽曲「Black Sabbath」は、やがてハードでエキサイティングな演奏によってクライマックスを迎える。そこで聞かれるハードでヘヴィなギター・サウンドこそは、ブラック・サバスの音楽の最大の特徴であり、魅力であると言ってよく、聴く者を一気に彼らの世界へと連れ去ってしまう。楽曲「Black Sabbath」はまさに彼らの代表曲のひとつであり、1970年代の「ブリティッシュ・ハード・ロック」が生んだ名曲のひとつと言ってよいだろう。

 「Black Sabbath」の他にもそれぞれにブラック・サバスの音楽を具現化した佳曲が並ぶが、その中でも四曲目の「N.I.B.」は初期ブラック・サバスの名曲のひとつと言ってよいのではないか。ハードでヘヴィな印象的なギター・リフは、他のハード・ロックとは別種の痛快さを伴っており、まさにブラック・サバスの音楽を象徴するもののひとつであるだろう。中盤で聞かれる哀しげなメロディも美しく、それがさらにブラック・サバスの重厚でダークな音楽世界をより引き立たせる結果になっているようにも思える。

 トニー・アイオミというギタリストが語られる時、その重厚で印象的なリフが話題にされることが多い。ハード・ロックに於ける特徴的なギター・リフを奏でるギタリストとして、おそらくトニー・アイオミは屈指の存在ではないだろうか。このデビュー・アルバムの収録曲の中で、その魅力を最も強く感じることのできる楽曲が、おそらく「N.I.B.」だろう。

 1960年代後期から1970年代初期のロック・ミュージックに於いては、ミュージシャンたちの白熱したソロ・プレイというものも聴き手にとっての醍醐味のひとつだった。ブラック・サバスに於いても、それは例外ではない。ブラック・サバスの音楽はそのハードでヘヴィな音の感触、重苦しい雰囲気ばかりが取り沙汰される印象もあるが、実はメンバーたちはなかなかの演奏技術を持ち、見事なプレイを聞かせてくれる。ブラック・サバスのそのような側面を最も顕著に表すのが、アルバム最後に収録された「Warning」だろう。中盤に長いソロ・プレイを含むことによって、演奏時間十分を超える長い楽曲になっている。トニー・アイオミのギタリストとしての魅力を堪能することのできる楽曲と言ってよいだろう。ブルース・ロック的な匂いも濃厚な楽曲だが、これもまた1970年代ブリティッシュ・ハード・ロック・バンドとしてのブラック・サバスの魅力のひとつだっただろう。

 KEEFのデザインによるジャケット・デザインも、ブラック・サバスの音楽の印象に見事に呼応した秀逸なものだ。荒涼とした風景の中、池のほとりに佇む女性は魔女を思わせる。その青白い顔には薄笑いを浮かべているようにも見える。この不気味で不穏な印象のデザインはKEEFの真骨頂とも言えるもので、KEEFのデザインしたジャケット・デザインも中でも屈指のものと言えるだろう。このジャケットのもたらす印象も、このブラック・サバスのデビュー・アルバムには欠かせない要素であるように思える。

節区切

 ブラック・サバスというバンドとその音楽は、後の「メタル」へと続く系譜の中に語られることも多い。その理由のひとつとしては、ブラック・サバスのヴォーカリストだったオジー・オズボーンがメタル・シーンの中でも活躍し、自身のバンドからランディ・ローズなどの優れたギタリストを輩出した功績なども挙げられるだろう。そしてまた、メンバーの交代劇を経ながらもブラック・サバスというバンドが長く存続し、トニー・アイオミというギタリストもカリスマ的な人気を持続したことにも、その理由を見つけることができるだろう。しかし、「メタル」をはじめとする、後に生まれた様々なスタイルの「元祖」としてブラック・サバスが語られることの背景には、彼らが確立した音楽性そのものの意義に依るところが大きい。

 ブラック・サバスがそのデビューに際してすでに確立していた独自の音楽性には、「悪魔」や「魔術」といったものをキーワードにして提示される反逆的で冒涜的で不徳な思想性が携えられていたのであり、そうした思想性が彼らの音楽に独自の存在感をもたらし、後のアーティストに多大な影響を与えたのだ。当時のロック・シーンの中で、「黒魔術」的なものに接近したアーティストの例は少なくはないが、多くの場合は彼らの音楽の内包する要素のひとつであったのに対し、ブラック・サバスはそれらの思想性そのものが音楽を取り巻き、音楽に意味を与え、音楽を超えた表現手段として昇華されていたようにも思える。ダークでヘヴィな音像や魔物の歩みを思わせるようなギター・リフなども、彼らの音楽の思想性を表現する必然的な手法だったのであり、決して何か目新しいロックをやろうした末に辿り着いた小手先のアイデアなどではない。そうした在り方こそが、後のメタル・シーンに続くさまざまなアーティストたちに影響を与え、ひとつの模範となり得たのだ。

節区切

 当時、ブラック・サバスの暗く重苦しい音楽に対して「踊れないロック」などと揶揄する者もあったというが、そもそも「ダンス・ミュージック」としてのロックン・ロールとはまったく異なる地平の上に、ブラック・サバスの音楽は存在する。ブラック・サバスの音楽は、例えばローリング・ストーンズなどのシンプルでダイレクトなロックン・ロールを好む者にはなかなか理解し難いものであったかもしれない。

 ブラック・サバスの音楽は、「ロック」がさまざまな方法論のもとにさまざまに枝分かれしていった多岐に渡るスタイルのひとつであるのは確かだ。しかし、彼らの音楽は携えていた特異な思想性ゆえに、レッド・ツェッペリンともディープ・パープルとも違った「ハード・ロック」のスタイルを具現化し、ロック・シーンの中に独自のスタンスを確立したと言えるだろう。彼らの音楽は暗く重く、「痛快さ」というものとは無縁であるようにも思えるが、実はその音楽の中に別種の痛快さと別種のカタルシスをもたらすものを内包している。キリスト教的世界観に疎い多くの日本のファンにとっても、彼らの音楽のそうした魅力は充分に理解できるものだったように思える。

 ブラック・サバスの、このデビュー・アルバムはかなり短い期間で製作されたという。やはりひとつのアルバム作品として見れば少々「こなれていない」印象もあり、ブラック・サバスの後の作品に比して特に優れているというわけでもない。しかしブラック・サバスのデビュー作ということ自体にひとつの意義がある。アルバム作品としては「名盤」とか「傑作」と呼ばれるものではないが、1970年代ロック・シーンの中で決して忘れることのできない重要な作品であろう。冒頭の「Black Sabbath」の衝撃だけで、おそらく後のロック・ミュージックにひとつの道筋が与えられたのだ。