幻想音楽夜話
Boston
1.More Than A Feeling
2.Peace Of Mind
3.Foreplay/Long Time
4.Rock & Roll Band
5.Smokin'
6.Hitch A Ride
7.Something About You
8.Let Me Take You Home Tonight

Tom Scholz : lead & rhythm guitar, acoustic guitar, special effects guitar, bass, organ, clavinet & percussion
Brad Delp : lead & harmonyvocals, acoustic 12-string guitar, rhythm guitar & percussion
Barry Goudreau : lead & rhythm guitar
Fran Sheehan : bass
Sib Hashian : drums & percussion

Jim Masdea plays drums on "Rock & roll Band"

Produced by John Boylan and Tom Scholz
1976 Epic
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 彗星の如く現れる、という表現がある。何の兆しもなく、突然、輝かしい華やかさを纏って登場する様子を形容する言葉だ。「Boston(ボストン)」というバンドの登場と、彼らのデビュー・アルバムの大ヒットは、まさにアメリカン・ロックに於ける「彗星の如く登場した」ニュー・ヒーローの出現だったと言っていい。

節区切

 ボストンはトム・ショルツという天才的なギタリスト/ミュージシャン/エンジニア/プロデューサーによって率いられたバンドで、そのデビュー・アルバムは1976年に発表されたものだ。その冒頭に収録された「More Than A Feeling(宇宙の彼方へ)」はデビュー・シングルとして発売され、アメリカでは1976年の暮れに、日本ではやや遅れて1977年早春のヒット曲になり、その名をロック/ポップ・ミュージックのファンに知らしめることになった。そのヒットにも後押しされ、ボストンのデビュー・アルバムは売れに売れ、この新人バンドに大成功をもたらした。

 ボストンのデビューに対して「彗星の如く登場した」という形容を用いたことには理由がある。アメリカで成功をつかむロック・バンドというものは、地道なライヴ活動を重ねて徐々に知名度と人気を増してゆき、やがてその知名度と人気を全米規模に拡大することによって成功を得るというのが一般的だった。数多くのライヴ・ステージをこなさなくてはアメリカでの成功は難しいというのが定説といってよかった。あのエアロスミスでさえ、最初は無名のローカル・バンドに過ぎず、「ローリング・ストーンズの亜流だ」などと酷評されながらも地道に活動を続け、やがて成功へと至るのだ。ところが、ボストンはそうではなかった。ボストンの音楽は、ある日突然、圧倒的な完成度を携えてロック・シーンに現れ、一気に成功へと駆け上った。しかも、ステージでのライヴ・パフォーマンスさえ行ったことのない、誰もその名を知らないバンドのデビュー・アルバムが、まるで予め成功を確約されていたかのような魅力を携えて、いきなりミュージック・シーンに出現したのだ。まさに「彗星の如く」である。メディアもファンも、驚きを持ってこのバンドの出現を迎えた。

節区切

 ボストンのデビュー・アルバムは、中心人物であるトム・ショルツが自宅の地下室を改造したスタジオでほぼ独りで造り上げた音楽が基になっているという。ドラムだけは友人のシブ・ハッシャンに頼らざるを得なかったようだが、リード・ギター、リズム・ギター、ベース・ギターをトム・ショルツはすべて独りで演奏し、多重録音された演奏を丁寧にミキシングし、丹念な作業の積み重ねの末に造り上げられたものであるらしい。その作業は試行錯誤の繰り返しであったようで、満足できるものが完成するまで実に六年の歳月が費やされたという。そうして出来上がった演奏パートに、ブラッド・デルプの歌唱を重ねて、ボストンの音楽の基礎、デモ・テープが出来上がった。だから「彗星の如く現れた」とは言っても、それに見合うだけの努力と忍耐の日々があったことは付記しておかなくてはならない。

 発表されたデビュー・アルバムには8曲の楽曲が収録されているが、そのほとんどはデモ・テープと同様にトム・ショルツ独りの演奏の多重録音によって造り上げられている(レコード会社がデモ・テープの音源をそのままデビュー・アルバムの音源に使用することを認めなかったため、トム・ショルツはもう一度デモ・テープ作成時と同じ作業を行わなくてはならなかったという)。各楽曲にクレジットされた演奏者を見てみると、ほとんどの楽曲がドラムにシブ・ハッシャン、リード・ギター、リズム・ギター、ベースの欄にはトム・ショルツの名がある。いくつかの楽曲では他の友人のサポートがあったようで、「Foreplay」でバリー・ゴードリューがリズム・ギターを、フラン・シーハンがベース・ギターを担当、「Long Time」ではバリー・ゴードリューがリード・ギターを担当し、リズム・ギターでも参加、「Rock & Roll Band」ではドラムがシブ・ハッシャンに代わってジム・マスデアが担当している。これらの楽曲は「Smokin'」がブラッド・デルプとの共作である以外はすべてトム・ショルツによって書かれている。例外なのは8曲目に収録された「Let Me Take You Home Tonight」で、ブラッド・デルプによって書かれたこの楽曲に関してはドラムにシブ・ハッシャン、リード・ギターにバリー・ゴードリュー、リズム・ギターにバリー・ゴードリューとブラッド・デルプ、ベースにフラン・シーハンというメンバーで録音されており、トム・ショルツはオルガンを担当しているに過ぎない。なぜそうなったのかについては2006年に紙ジャケット仕様、デジタル・マスタリングで復刻されたCDに寄せたトム・ショルツ自身の解説に書かれている。興味のある人は購入して読んでみるといい。トム・ショルツの音楽制作の方法から言えば変則的とも言える「Let Me Take You Home Tonight」だが、実はこの録音時のメンバーが、結果的に「ボストン」というバンド形態へと移行していったのだという。

 だから、ボストンというバンドに対して、「バンド」と形容するのに少しばかり違和感を感じることがある。ボストンの音楽というものは、基本的にトム・ショルツの理想に基づいて彼独りの作業によって作り上げられたものだ。友人たちのサポートは決して無視できないものだし、特にブラッド・デルプの歌唱がボストンの音楽の魅力に占める大きな存在感は重要なものだが、それでも「ボストン」の名の下に創造された音楽の在り方というものは、基本的にトム・シュルツが理想とする形に沿ったものに違いないのだ。多様な個性、多様な音楽的背景を持つメンバーたちの音楽が調和し、時に競合し、それらが「バンド」の音楽として昇華されたときに、まるで奇跡的な化学反応が起こるように魅力的な「バンドの」音楽が創造されるというものとは、ボストンは出発点が異なっている。ステージに立った「バンドとしてのボストン」は、トム・ショルツが創造したボストンの音楽の理想形を生演奏で再現するための、あるいはその音楽に生演奏の持つ熱気を付加して別の次元へ昇華させるための、「本来のボストン」とはある意味で別の存在だったのかもしれないという気もするのだ。

節区切

 音楽、というものは、本来は生演奏で楽しむものだった。と言うより、生まれた瞬間に消えてゆく「音」というものによる創造の所産であるならば、音楽家の演奏行為の場に居合わせなくてはそれを「聞く」ことすら不可能で、しかもそれは、完璧に同じものを再現することの決してできない、ただ一度だけのものだったのだ。その「不可能」を「可能」にしたのは「録音」というテクノロジーに他ならない。「録音」というテクノロジーは、はじめは音楽を「記録」し、「再現」するために用いられただろう。しかし、やがてテクノロジーの進歩は「音楽」というものの在り方そのものに変化を促し、テクノロジーなくしては創造し得ない「音楽」が生み出され始める。現実には存在しない「音」が音楽を彩り、現実には不可能な「演奏」が実現され、ついには「演奏」という行為を伴わない「音楽」さえ創造され始める。

 独りの音楽家による演奏を多重録音という方法によって重ね合わせて創造される音楽というものも、テクノロジーによって可能になった「音楽の在り方」のひとつだ。マイク・オールドフィールドが2000回とも2300回とも言われるオーヴァーダビングを繰り返して作成した「チューブラー・ベルズ」を思い浮かべる人も少ないないだろう。山下達郎は自分の歌声を多重録音して一人の声によるコーラスを創造してみせた。「ボストン」の音楽もまた、テクノロジーが可能にした一人の演奏を多重録音して完成する音楽というものの具体的な例のひとつだ。

 テクノロジーに依存した音楽というものは、ややもすると実験的に過ぎ、あるいは前衛に走り、表現衝動に起因する熱気を感じさせないものになってしまうこともあるものだが、ボストンの音楽は決してそのようなことはない。トム・ショルツはテクノロジーというものを音楽を創造するためのツールのひとつとして使いこなし、創造された音楽の中に表現者としての熱情を封じ込めてみせた。ボストンによってミュージック・シーンでの成功を得る以前、トム・ショルツはマサチューセッツ工科大学に学び、在学中に独学でギターを習得したという。エレクトロニクスの知識に長け、その知識によって自宅アパートに録音スタジオを造り上げ、そこでボストンの音楽を独りでこつこつと創造していった。数年に及ぶ試行錯誤を重ねたトム・ショルツのモチベーションを支えたものは何だったのか。けっきょくは自らの理想とする音楽を創造したいという、ただそれだけだっただろう。理想の音楽に対する飽くなき希求が、テクノロジーを組み伏せて音楽への熱情を失わない、ダイナミズム溢れるロックン・ロールを創造せしめたのだ。

節区切

 ボストンの音楽の魅力は、まるで精密機械のような精緻な構成の中に脈打つロック・ミュージックとしての躍動感、そして宇宙的な広がりを感じさせる雄大なスケール感といったものにあると言っていい。繊細なアコースティック・ギターの響きとダイナミックなエレクトリック・ギターの響きを精妙に組みあわせ、ブラッド・デルプののびやかな歌唱をそこに乗せ、ロックン・ロールのグルーヴで疾走する。楽曲の構成は推敲を重ねた文章のように隙が無く、聴き手の感性の襞にぴたりと寄り添って興奮を誘う。下世話な言い方をすれば「ツボにはまった」ように聴き手の感性を刺激し、聴き手が望んでいるものが何かということを熟知しているかのように、その音楽は痛快で爽快な感動をもたらしてくれるのだ。

 シングル曲としてヒットした「More Than A Feeling」は、そうした「ボストン」の音楽を象徴する楽曲だった。宇宙的なスケール感を漂わせた曲想から(そして宇宙船を描いたジャケットの印象も手伝って)、日本では「宇宙の彼方へ」というタイトルが付けられたが、「宇宙的な広がりを感じさせる」イメージはその後も「ボストン」というバンドのイメージとして定着することになった。そうしたイメージは「ボストン」の音楽に対して「プログレッシヴ・ロック」の分野に位置する音楽、言うなれば「アメリカン・プログレッシヴ・ハード・ロック」とでも呼ぶべき音楽としての認識を促し、そしてそれが定着した。確かに、その音楽制作の方法論に於いては「プログレッシヴ」なロックであるかもしれない。

 しかしボストンの音楽は、いわゆる「プログレッシヴ・ロック」のスタンスに立った音楽ではない。「ボストン」の音楽は「宇宙的な広がりを感じさせるサウンド」や「多重録音による緻密な音像」などに彩られていたとしても、基本的には熱いグルーヴを内に抱いて突っ走るロックン・ロールだ。もちろん、その楽曲と演奏は緻密でクールで劇的な構成を成しており、「プログレッシヴ・ロック」としての魅力も携えてはいる。しかしボストンの魅力の本質は、「プログレッシヴ」な味わいにあるのではなく、あくまで熱気を帯びたグルーヴで疾走するロックン・ロールとしてのスタンスにこそ、あるのだ。緻密に練り上げられ、多重録音によって創造されながら、これほどの興奮を誘って痛快に鳴り響くロック・ミュージックは、もしかしたらボストンの他に例が無いのではないか。

 ボストンの音楽は、しかしその魅力的要素がすべて両刃の剣でもある。粗野で猥雑なロックン・ロールを好むファンには、ボストンの音楽はあまりに整然として上品すぎる音楽に聞こえてしまうだろう。思索的深さを伴った前衛的で神秘的なプログレッシヴ・ロックを好むファンには、安直に過ぎ、コマーシャリズムに迎合した音楽に聞こえてしまうかもしれない。発表された直後から人気を得て、商業的に大成功をもたらしたという事実も、「商品としての音楽」としての印象をもたらしてしまった側面もあるかもしれない。

 しかし、発表から三十年余を経てもなお、ボストンの音楽は変わらず痛快に鳴り響く。諸々の否定的意見をよそに、その輝きは衰えることも色褪せることもなく、1970年代アメリカン・ロック史の金字塔として名を残している。緻密で端正で怜悧でありながら、熱気を孕んだグルーヴで響き渡るボストンのロック、トム・ショルツの理想を具現化したロックン・ロールは、時代の流れに風化しない。名盤である。