幻想音楽夜話
Bryndle
1.Take Me In
2.I Want To Touch You
3.Under The Rainbow
4.Savannah
5.The Lucky One
6.We Walked This Road
7.On The Wind
8.Streets Of Your Town
9.Til The Storm Goes By
10.Mulberry Street
11.The Wheel
12.River Of Stone
13.Daddy's Little Girl
14.Just Can't Walk Away
15.Nothing Love Can't Do

instruments and Vocals by Bryndle
Karla Bonoff
Kenny Edwards
Andrew Gold
Wendy Waldman

Additional Musicians
Eddie Bayers : dtrums and percussion
Leland Sklar : bass
Scott Babcock : percussion
Bob Carpenter : Accordon
James Ross : Viola

All songs written by Bryndle except "River Of Stone (W.Waldman/R.Nielsen)", "Streets Of Your Town (A.Gold/J.Yates)", "Daddy's Little Girl (K.Bonoff)", "Nothing Love Can't Do (J.D.Martin)".
Produced by Josh Leo and Bryndle.
1995
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 カーラ・ボノフやアンドリュー・ゴールドの名を聞いて、彼らがどのようなミュージシャンであるのかを知っている人は、きっと1970年代のウエスト・コースト・サウンドが好きな人に違いない。さらにウェンディ・ウォルドマンやケニー・エドワーズの名も知っているという人は、ウエスト・コースト・サウンドについてかなり詳しい人に違いない。この四人は、1960年代末から1970年代初頭にかけて「Bryndle」という名のグループを結成して活動していたことがある。彼らのプロフィール記事に「Bryndle」の名を見つけることも少なくないから、その名を知っている人も多いだろう。「Bryndle」はA&Mと契約、シングルを発表したが、残念ながらアルバムの発売には至らず、やがてウェンディ・ウォルドマンのソロ・デビューをきっかけにグループは解散してしまった。とはいうものの、その後も彼らの親交は深く続き、ウェンディのソロ・アルバム、カーラのソロ・アルバムなどで、他のメンバーが協力を惜しんでいない。「Bryndle」解散の後、彼らがそれぞれの道でそれぞれの成功を得ているのは、ウエスト・コースト・ミュージックのファンにはよく知られているところだろう。

 カーラ・ボノフは1970年代初期にリンダ・ロンシュタットのアルバムに楽曲を提供したり、コーラスとして参加するなどしてウエスト・コースト・ミュージックのファンの注目を集めていたが、1977年にソロ・デビュー・アルバムを発表、1979年に発表されたセカンド・アルバム「Restless Nights(ささやく夜)」が大ヒットとなり、一躍その名が知られるようになった。アンドリュー・ゴールドもまたリンダ・ロンシュタットのアルバムのサポートに名を連ね、1975年にソロ・デビュー、1977年の大ヒット「Lonely Boy(ロンリー・ボーイ)」がよく知られている。ウェンディ・ウォルドマンは1973年のソロ・デビュー以降も作品を発表し続け、カーラ・ボノフやアンドリュー・ゴールドに比べれば日本での知名度はやや劣るが、ウエスト・コースト・ミュージックのファンに支持されている。ケニー・エドワーズはリンダ・ロンシュタットやウォーレン・ジヴォンなど、数多くのミュージシャンの作品に携わり、1960年代末以降のウエスト・コースト・シーンで主として「裏方」的な立場で手腕を発揮してきた。彼らがリンダ・ロンシュタットのアルバムに深く関与しているのは、そもそもケニー・エドワーズが1960年代後半にリンダ・ロンシュタットのバンド「Stone Poneys(ストーン・ポニーズ)」のメンバーとして活動していたからで、その繋がりから彼らがリンダのソロ・アルバムに関わるようになるのは自然な成り行きだったようだ。

節区切

 その「Bryndle」が再結成、ようやく「初めての」アルバムを発表したのは1995年のことだ。アルバムのタイトルはシンプルに「Bryndle」とされ、ジャケットには「BRYNDLE」の文字の下に、「KARLA BONOFF」、「KENNY EDWARDS」、「ANDREW GOLD」、「WENDY WALDMAN」と、四人の名が誇らしげに記されている。シングルを発表しながらもアルバムの発表には至らなかった、若き日の「Bryndle」から25年、彼らの胸中には感慨深いものがあったに違いない。「Bryndle」の「再結成」は、他の一般的な「再結成」とはまったく異質なものだ。一時期の成功を収めた後に解散したバンドがやがて歳月を経て再結成する、というものとは、まるで意味合いが違っている。彼らにとっては、若い日々にいったん諦めた「夢」を、25年の年月を経てようやく実現するような、そんな想いがあったのではないだろうか。「シングルの発売からアルバムの発売まで25年もかかっちゃったな」などといった冗談が、もちろん想像だが、彼らの中で交わされたかもしれない。

 アルバムに収録された楽曲は15曲(ただし15曲目の「Nothing Love Can't Do」は日本盤のみのボーナス・トラックとなっている)だが、4曲の例外があるものの、「All songs written by Bryndle」として基本的に全ての楽曲の作者が「Bryndle」名義になっている。そのことからも、彼らにとって「Bryndle」というグループがどのような存在だったのか、窺い知ることができる。このアルバムはあくまで「Bryndle」という名の「グループ(あるいは「バンド」と言ってもいい)」による音楽作品だ。それぞれに成功を得た四人が久しぶりに集まり、それぞれの楽曲を持ち寄り、それぞれに作品を仕上げ、それらを集めて一枚のアルバムにまとめた、というような類のものではない。この音楽はすべて「Bryndle」という「グループ」によって作り上げられたものだ。彼ら四人のコーラスの美しさが、何よりそれを証明している。

節区切

 ロック・ミュージックとしての「ウエスト・コースト・サウンド」が隆盛の時期にあったのは1970年代だ。フォーク・ロックやカントリー・ロックの土臭い素朴さを残しつつポップ・ミュージックとしての洗練を増し、西海岸を拠点としていたシンガー/ソングライターたちの活動とも呼応し、独特の空気を孕んだ「ウエスト・コースト・サウンド」は1970年代の始まりと共に隆盛を迎え、やがて1980年代の訪れとともにゆっくりと「AOR」へと変貌していった。Bryndleの四人は、その「ウエスト・コースト・サウンド」の真っ直中を駆け抜けてきたミュージシャンたちだ。若い日に実現できなかった「夢」が、長い年月を経てようやく実現のチャンスに巡り会ったとき、彼らが若い日から信じてきた音楽へと回帰するのは当然のことだったろう。1995年に発表された「Bryndle」のアルバムには、1970年代の「ウエスト・コースト・サウンド」のエッセンスに満ち溢れている。

 その音楽は制作された1990年代という時代に相応しい洗練を身に付けつつも、フォークやカントリーに根ざした素朴さを濃厚に漂わせている。時代と共にレコーディング技術も進歩し、音像の印象もかつての「ウエスト・コースト・サウンド」とは異なっているが、音楽の本質的な佇まいは「ウエスト・コースト・サウンド」そのものだと言っていい。それは決して「1970年代ウエスト・コースト・サウンドの再現」といった懐古趣味のものではない。この音楽には、トレンドやコマーシャリズムに安易に迎合することなく、自らの信じる音楽を成すのだという潔さがある。その結果としての音楽が、時代錯誤の陳腐なものに陥ることなく、時代性を超えて普遍的に優れたアメリカン・ミュージックとして結実しているのは、彼らが第一級のミュージシャンたちであることの証左であり、ウエスト・コースト・シーンの第一線で活躍してきた彼らの経験と自信の為せるものだろう。

 アルバムには軽快なロックン・ロールからしっとりとしたバラードまで、さまざまな曲調の楽曲が収録されているが、どの楽曲も「ウエスト・コースト・サウンド」の魅力に溢れた、素晴らしいものだ。もちろんアルバム制作時の彼らの年齢を考えれば、若さに任せた無垢で清冽な魅力には欠けるところもあるが、それを補って余りあるほどの芳醇で深みのある味わいがある。それは彼らの過ごしてきた日々、その中で重ねてきたであろう、幾多の哀しみや喜び、愛や孤独、挫折や希望といったものに裏付けられたものだろう。

 どの楽曲もそれぞれに魅力的だが、個人的には軽快な中に静かな哀感を漂わせた「Under The Rainbow」、しっとりとしたバラードの「On The Wind」や「Daddy's Little Girl」、「Nothing Love Can't Do」といった楽曲が特に気に入っている。日本盤のライナーには各楽曲の訳詞の後にメンバーの短いコメントが添えられていて興味深い。おそらく中心となってソングライティングを行ったメンバーがコメントを添えているのだろう。例えば「Under The Rainbow」には、「あと少しのことろで実現しない夢についての曲」であるとのカーラ・ボノフのコメントがあり、「大切なのはゴールそのものではなくそこへ至る道程」だと結ばれている。なるほど、この楽曲に漂う「せつなさ」や決然とした力強さは彼女のそうした想いが表れたものなのだ。

 若い日の「Bryndle」から25年を経て、再び集ったケニー・エドワーズとアンドリュー・ゴールド、ウェンディ・ウォルドマン、そしてカーラ・ボノフの四人、彼らの音楽は1970年代ウエスト・コースト・サウンドの一端を担った彼らに相応しいものだ。その音楽に脈打つ「ウエスト・コースト・サウンド」の本質的魅力は、「ウエスト・コースト・サウンド」というものが時代に迎えられて一時期の隆盛を得ただけの、一過性のスタイルではなかったことを証明している。言い方を変えるなら、彼らが信じ、彼らが成してきた音楽を、我々は「ウエスト・コースト・サウンド」と呼んだ、ということだ。

節区切

 若い日にやむを得ぬ事情で愛を成就できなかった恋人同士が時を経て再び巡り会い、そして再び愛を育む、ということがある。互いに長い年月を経て昔のままではなく、決して若くもないが、それぞれに過ごしてきた日々もまた、再会のための助走であったのかもしれないと思えてくる。無謀で恐いもの知らずだった若い日々はすでに遠く、もうあの頃のように情熱に任せた奪い合うような愛し方はできない。しかし重ねてきた年齢に相応しいやり方で静かに互いを想い合い、若い日を懐かしみつつ、そしてふたりの新しい日々を緩やかに重ねてゆく。例えて言うなら、「Bryndle」のアルバムには、そのような味わいがある。

 冒頭に収録された「Take Me In」、軽やかなメロディに乗せて「長い長い旅をしてきた私を受け入れてくれるかしら」と歌われる。この楽曲はウェンディ・ウォルドマンが「他のメンバーに尋ねてみたいことを曲にした」のだそうだが、それはそのまま、ファンに向けられたメッセージでもあるかもしれない。1970年代の「ウエスト・コースト・サウンド」を愛したファンにとって、この「Bryndle」のアルバムは、愛おしく、懐かしく、少し照れくさいような、そんな素敵な再会をもたらしてくれるアルバムである。