幻想音楽夜話
Gryphon
1.Kemp's Jig
2.Sir Gavin Grimbold
3.Touch And Go
4.Three Jolly Butchers
5.Pastime With Good Company
6.The Unquiet Grave
7.Estampie
8.Crossing The Stiles
9.The Astrologer
10.Tea Wrecks
11.Juniper Suite
12.The Devil And The Farmer's Wife

Brian Gulland : bassoon, crumhorns, recorders, and vocals.
Richard Harvey : recorders, crumhorns, keyboards, guitar and mandolin.
David Oberle : drums, percussions and vocals.
Graeme Taylor : guitars, keyboards, recorder and vocals.

Produced by Lawrence Aston and Adam Skeuping.
1973 Transatlantic Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年代の初期に隆盛を極めた「プログレッシヴ・ロック」の広大な裾野の中に、グリフォンというバンドがあった。「イエスの弟バンド」といった形容で紹介され、日本でもレコードが発売されていたような記憶があるが、お世辞にも当時のロック・ファンの注目を集めたバンドとは言えない。キング・クリムゾンやイエス、ピンク・フロイドといった優れたグループがシーンの中心にあって牽引してゆく状況にあって、グリフォンもまたその周辺のバンドのひとつとしての位置を保っているに過ぎなかった。

 1970年代当時、グリフォンというバンドの音楽を聴いた記憶はない。どこかで耳にしたことはあったかもしれないが、レコードを購入するなどしてじっくりと聴き込んだ記憶はないのだ。その名を知ってはいたし、興味もあったが、有り体に言えば小遣いをやりくりしてレコードを購入していた学生の身では、要するにそこまで「手が回らなかった」というのが正直なところだった。そんなわけでグリフォンは個人的にはずっと未聴のままに気にかかっていたバンドのひとつだったのだが、1990年代になってようやくCDとなって復刻され、聴く機会を得たのだった。

節区切

 グリフォンは、リチャード・ハーヴェイとブライアン・ガランドというふたりのミュージシャンが英国王立音楽院に通っていた頃に知り合い、そのふたりがグレアム・テイラーとデヴィッド・オバーリーのふたりを迎えて結成したバンドだという。結成された当時のグリフォンは、リコーダー、バスーン(ファゴット)、クルムホルン、ハープシコードといった古楽器を使用して中世の音楽を独自の解釈のもとに演奏するグループであったらしい。

 恥ずかしながら、そうした古楽器を使用した中世音楽というものの本来の姿を知らない。だからこのグリフォンの音楽がどの程度中世音楽の本来の姿に忠実であり、独自の解釈というものがどの程度加えられているのか、よくわからない。しかし、そのような者の耳にとっても、このグリフォンのデビュー・アルバムに収録された音楽は古楽器の音色の魅力や中世音楽の魅力を伝えてくれるには充分なものだった。

 ヨーロッパの中世音楽についてほとんど知識の無い立場にとって、グリフォンのデビュー・アルバムに収録された音楽は「中世音楽」そのものに聞こえる。「プログレッシヴ・ロック」の裾野に置かれたグループのアルバムではあるが、このデビュー・アルバムの音楽は決して「ロック」ではないし、「プログレッシヴ・ロック」などではない。その親しみやすい曲調は広義の「ポップ・ミュージック」であるかもしれないが、現代の音楽シーンに於けるいわゆる「ポピュラー・ミュージック」ではない。

 中世音楽を奏でながらも独自を解釈を加えてゆくというグリフォンは、「堅苦しい」クラシック音楽シーンではなく、ジャズ・クラブなどにその活動の場を探したという。その活動が当時さまざまな方法論を取り込もうとしていたロック・ミュージック・シーンの関係者の目に留まり、イエスのオープニング・アクトを務めるようになり、ロック・シーンの中に迎えられることになったのだという。

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 グリフォンに関するそうしたエピソードは、当時の「ロック・ミュージック」の先鋭的思想と、そこから生み出された「プログレッシヴ・ロック」というものの本質的な意味を示唆しているようにも思える。「プログレッシヴ・ロック」は、ただ単に「進歩的なロック・ミュージック」というだけでなく、既存のスタイルの中に立脚点を持たない「新しいスタイルの音楽」を半ば必然的に内包していたものだったからだ。

 当時、クラシック音楽でもなくジャズでもなく、ロックン・ロールでもなく、いわゆる「ポピュラー・ミュージック」でもない、さまざまな音楽的要素を複合した新しい音楽のスタイルや、まったく新しい方法論による音楽は、おしなべて「プログレッシヴ・ロック」の範疇で語られることが少なくなかった。クラシックとロックの融合したスタイル、ロックのビートに乗ったジャズ、前衛的な現代音楽のポップ的解釈、そうしたものがすべて「プログレッシヴ・ロック」として、先鋭的なスタイルを好むファンに受け入れられていたのだ。タンジェリン・ドリームやクラフトワークといった、後に「ロック」とは異なる地平に立脚点を見いだすグループたちも、当時は「プログレッシヴ・ロック」の一翼を担ったのだ。

 当時の「プログレッシヴ・ロック」のファンの多くは、いわゆる「ジャンル」を超えた新しいスタイルの音楽を好んだ。「プログレッシヴ・ロック」のファンの一部は、さらに「ロック・ミュージック」を超えて、チック・コリアやウエザー・リポートといった先鋭的なジャズ、あるいはリヒャルト・シュトラウスやマーラーといったクラシック音楽の一部までも自らの感性に従って聴いていたものだった。余談だが、難解とされるマーラーが、当時の「ロック・ファン」の若者の一部に聴かれている事実に、クラシック音楽のファンは戸惑いを感じたものだったらしい。そうした中にあって、中世音楽を奏でるグリフォンが「プログレッシヴ・ロック」のファンに好意的に迎えられることは何ら不思議なことではなかった。

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 グリフォンのデビュー・アルバムに収録された音楽は、おそらく純然たる中世音楽というものではないのだろう。収録された楽曲の中には彼らのオリジナル曲も含まれており、幻惑的な音響処理を施した楽曲などもあり、彼らが単なる「中世音楽を演奏するグループ」ではなかったことを示している。しかし彼らの使用する古楽器群の音色や素朴で牧歌的で時にユーモラスな曲想は、「中世の音楽」の魅力を携えて魅力的だ。その音色や旋律の醸し出す音楽世界の向こうに、かつてそうした楽器群を奏でながら音楽を楽しんだ中世の人々の営みが垣間見えるようにも感じられる。そしてまた、そうした音楽世界を支えるグリフォンのメンバーの卓越した演奏技術が素晴らしい。素朴な音色の楽器群が超絶的な技巧に支えられて奏でられる様は、それだけで聴く者にある種の快感をもたらす。

 映像的な想像力を喚起する音楽世界と、それを支える卓越した演奏技術、それらはまさに「プログレッシヴ・ロック」のファンの多くが愛してやまないものだったではないか。グリフォンのデビュー・アルバムは決して「ロック」ではない。しかし、進取の気鋭に富んだ若者たちの奏でる「新しい中世音楽」が「プログレッシヴ・ロック」のファンの耳には充分に魅力的なものに聞こえるであろうことは想像に難くない。特に「プログレッシヴ・ロック」の中でもクラシック音楽の影響を色濃く感じさせるスタイル、例えばPFMやフォーカス、リック・ウェイクマンといったミュージシャンたちの音楽を愛するファンにとっては、グリフォンの音楽はとても入り込みやすく、その魅力を理解しやすいものであるかもしれない。

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 この後、グリフォンは現代の楽器も使用してシンフォニックなロック・ミュージックを奏でるようになり、名実ともに「プログレッシヴ・ロック」のバンドへと変貌してゆく。それらの音楽もまた魅力的なものだが、このデビュー・アルバムには何か別種の魅力がある。このような音楽が、かつて「プログレッシヴ・ロック」の名の下に紹介され、受け入れられ、支持されたことは、当時の「ロック・ミュージック」の「懐の深さ」を示し、その芳醇さを示していたのではないか。そしてその音楽が時を経ても忘れ去られることなく、音楽ファンのもとに届けられる機会が失われないことは、グリフォンとその音楽にとって、その音楽を愛する人たちにとって、幸福なことかもしれない。