幻想音楽夜話
Sin After Sin / Judas Priest
1.Sinner
2.Diamonds And Rust
3.Starbreaker
4.Last Rose Of Summer
5.Let Us Prey
6.Call For The Priest / Raw Deal
7.Here Come The Tears
8.Dissident Aggressor

Glenn Tipton : guitars.
Robert Halford : vocals.
K.K.Downing : guitars.
Ian Hill : bass guitar.
Special Thanks to- Simon Phillips : drums and percussion.

Produced by Roger Glover and Judas Priest.
1977 CBS Records.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ジューダス・プリーストのサード・アルバム「Sin After Sin(背信の門)」が発表された1977年当時、ロック・シーンの話題は「パンク」に集中していた。パティ・スミスやラモーンズといった「ニューヨーク・パンク」のバンドたちが脚光を浴び、ロンドンではセックス・ピストルズがセンセーショナルな話題を振りまいていた。クラッシュやジャムのデビュー・アルバムが発表されたのも1977年のことだった。

 「パンク」のバンドたちや、それを支持する者たちは、従来のロック・ミュージックを「オールド・ウェイヴ」と嘲り、ドラマティックな曲構成や延々と繰り広げられるインプロヴィゼーション・プレイを軽蔑した。折しも1970年代の半ば、それまでの「ブリティッシュ・ロック」を支えた多くのバンドたちが失速していた。キング・クリムゾンもディープ・パープルも解散し、イエスやピンク・フロイドはその音楽性を大きく転換してしまった。レッド・ツェッペリンは1976年発表の「Presence」によって健在ぶりを見せたかに思えたが、それも長くは続かなかった。ブラック・サバスも微妙に音楽性を変化させ、ついにはオジー・オズボーンの脱退へと至ってしまった。ロック・シーンを取り巻く状況は大きく変わりつつあり、時代は確かにひとつの転換点を迎えていた。

 1970年代前半に隆盛を極めた「ブリティッシュ・ロック」を愛するファンにとって、苦々しく悔しく淋しい時代だった。その頃、「ブリティッシュ・ハード・ロック」のファンの目は、ディープ・パープルを抜けたリッチー・ブラックモアのレインボーや、1970年頃から独自の活動を続けていたバッジーなどに注がれていた。そして耳聡いファンの中には、当然、ジューダス・プリーストが1975年に発表したセカンド・アルバム「Sad Wings Of Destiny(運命の翼)」に注目した者があった。彼らにとって、ジューダス・プリーストは「ブリティッシュ・ハード・ロック」の命運を左右するほどの重要なバンドとして期待できるものだっただろう。

 個人的には、ジューダス・プリーストの名を知ったのは、ちょうどこのサード・アルバムが発表された頃だったような気がする。いつ、どのように知ったのかは憶えていない。従来の「ブリティッシュ・ロック」が衰退し、代わってパンクが全盛となった時代に、まるで忽然と姿を現した「ブリティッシュ・ハード・ロック」の新星であるかのように感じたものだった。「ああ、まだこういうハード・ロックを演奏する新しいバンドがあるのか」と、奇妙な嬉しさを感じたのを憶えている。

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 ジューダス・プリーストは「GULL」レーベルから二枚のアルバムを発表した後、二年のブランクを経て、その間にレコード会社をCBSへ移籍し、このサード・アルバムを発表している。このアルバムが「大手」のレコード会社から発売されたことによって、ジューダス・プリーストの名はより広くロック・ファンに知られることになったのではないかと思う。自分が知り得たのも、そうした理由からだっただろう。

 レコード会社を移籍し、「心機一転」というふうにも思えるが、実はサード・アルバム「Sin After Sin(背信の門)」の音楽性はセカンド・アルバム「Sad Wings Of Destiny(運命の翼)」の延長上にある。アルバム・タイトルやジャケット・デザインにもコンセプトの共通性が見られ、さらに「Sad Wings Of Destiny」の収録曲「Genocide」の中の「語り」の部分で使われた「Sin After Sin」という言葉がそのままサード・アルバムのタイトルになっている点などから考えても、二枚のアルバムが同一のベクトル上に位置するのは明かだろう。異なるレコード会社から発売された二枚だが、この二枚のアルバムはいわば「一対」のものとなって、初期ジューダス・プリーストの音楽性を具現化したものだったように思える。

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 このサード・アルバムに見られるジューダス・プリーストの音楽は、セカンド・アルバムとまったく同じコンセプトに基づいており、正統的な「ブリティッシュ・ロック」のひとつの「手本」のようなものだと言っていい。硬質で重厚な音像とその中に潜む静寂、攻撃的なリフと哀感を帯びたメロディの共存、劇的な展開を見せる楽曲の構成、深遠で雄大なスケールを感じさせる曲想など、どの要素も英国のロック・ミュージックを愛するファンにとって魅力溢れるものだ。

 前作「Sad Wings Of Destiny」はなかなか凝ったオープニングだったが、今回の「Sin After Sin」は「正攻法」とでも言うのか「真っ向勝負」とでも言おうか、ストレートなハード・ロックの楽曲が冒頭を飾っている。硬質で重厚でありながら奥深い音像、スピーディーに過ぎない適度な疾走感。「Sinner」は第二期ディープ・パープルを思わせる正統的なハード・ロックだと言えるだろう。7分近い楽曲だが、中盤では劇的な構成を見せてスリリングだ。全編に響き渡るギターの演奏も素晴らしい。

 「Diamonds And Rust」はそれほどハードな演奏ではないが、哀感の漂うメロディが印象的だ。3分半ほどの小品だがとてもドラマティックなイメージの楽曲で、雄大なスケール感を秘めている。聴き手の想像力を喚起する楽曲だ。

 「Starbreaker」はヘヴィなリフとヒステリックなヴォーカルが印象的な楽曲だ。5分ほどの楽曲だが、特に凝った構成ではない。適度な疾走感を漂わせながら演奏されるスタイルが最後まで徹底して続けられてゆくが、ところどころに絶妙な「間」があって、なかなか痛快だ。中間部のギターが奏でるメロディもいい。

 「Last Rose Of Summer」はリリカルなイメージのバラードだ。とても「ハード・ロック」のバンドの楽曲とは思えないような繊細な演奏は幻想的なイメージも湛えて素晴らしい。「ハード・ロック」のアルバム作品の中にこうした楽曲が収録されるのも、1970年代の「ブリティッシュ・ロック」に於ける定石とも言えるものだった。個人的にもハード・ロック・バンドによるリリカルで繊細な楽曲というものはとても好きだ。5分半ほどの楽曲だが、その音楽世界に引き込まれて聞き入ってしまう。遠ざかるようにフェード・アウトしてゆくエンディングもいい。

 「Let Us Prey」はギターとヴォーカルによる静かなイントロ部に導かれて、一転してスピーディーなハード・ロックが繰り広げられる。ハードさやヘヴィさといった要素は控えめな印象を受けるが、スピード感溢れる演奏はスリリングで、特に中盤に於けるギター・プレイは印象的だ。

 「Call For The Priest / Raw Deal」は鋭い印象のギター・リフから始まる、ミディアムなテンポの楽曲だ。それほどヘヴィな音像ではないが、曲想は重厚で、ジューダス・プリーストの音楽世界がうまく表現されているとも言えるだろう。6分ほどの楽曲だが、終盤では曲想が変化して劇的な盛り上がりを見せる。タイトルからもわかるように、「Call For The Priest」と「Raw Deal」というふたつの楽曲を組み合わせた構成なのだろう。

 「Here Come The Tears」はタイトルからも想像できるように、哀感漂うバラードだ。霧の彼方から微かに聞こえてくるようなイントロ部も印象的で、幻想的なイメージを喚起してくれる。やがて演奏はスリリングに盛り上がる。嘆くようなヴォーカルと、いわゆる「泣き」のギターが素晴らしい。爆発音のような音によって唐突に終わりを告げるエンディングも印象的だ。

 アルバムの最後の「Dissident Aggressor」はやはりヘヴィなハード・ロックだ。「Here Come The Tears」の爆発音のようなエンディングを受けてか、静寂の中から甦ってくるような楽曲のオープニングが印象的で、いきなり響き渡る高音のシャウトが一気に聴き手を興奮に誘う。短い楽曲だが、スピーディーでハードでヘヴィでスリリングで、ギターのリフやヴォーカルも力強く、アルバムの最後を飾るクライマックスとして相応しい楽曲だろう。唐突なようなエンディングも、聴き手に余韻を残して効果的だ。

 ジューダス・プリーストのハード・ロックの魅力は、やはりふたりのギタリストのプレイと、ロブ・ハルフォードの高音域を活かした少々ヒステリックな印象のヴォーカルに依るところが大きいと思うが、そうした魅力はこのアルバムでも存分に発揮され、見事なハード・ロック・アルバムに仕上がっている。ハードな楽曲と共にリリカルなバラードが含まれているのもいい。コンセプチュアルな構成も魅力的だ。それぞれに魅力的な楽曲の並ぶアルバムだが、個人的には「Sinner」から「Last Rose Of Summer」までが特に気に入っている。

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 デビュー以来、ドラム奏者に恵まれないジューダス・プリーストは、このアルバムではベテランのセッション・ミュージシャンだったサイモン・フィリップスをドラム奏者に迎えて製作している。さらにプロデュースにはディープ・パープルを脱退したロジャー・グローヴァーが名を連ねている。前作に比べて少々整然とまとまりすぎているような印象も受けるが、それはサイモン・フィリップスの演奏とロジャー・グローヴァーのプロデュースの影響も大きいのかもしれない。音像の印象が何となくディープ・パープルの「マシン・ヘッド」の頃を思わせるのも、そうした理由によるのかもしれない。

 「整然とまとまりすぎている」とは言っても、もちろん「ハード・ロック」としての緊張感やスリリングな魅力を失っているわけではない。前作で見せたジューダス・プリーストならではのドラマティックなハード・ロックはここでも健在だ。前作との変化は、主として「安定感を増す」という方向に動いているようにも感じられる。それはジューダス・プリーストのメンバーの「自信」に依るところも大きいだろう。前作の少々「危なっかしさ」を感じさせるような独特の魅力は減じているが、安心して身を委ねることのできる、魅力溢れる作品となっているのは間違いない。

 「Sin After Sin」は「傑作」とか「名盤」といった形容の相応しい作品ではないかもしれない。聴き手に与える「衝撃」という点でも前作を上回るものではあるまい。しかし、パンク一色に塗り固められようとしていた当時の英国ロック・シーンに於いて、これほどの質の「ハード・ロック」が生み出されたことは貴重なことだった。後の「ヘヴィ・メタル」へと続く道を歩み始めたジューダス・プリーストの、これはまだ1970年代の正統的ブリティッシュ・ハード・ロックの美学に基づいた佳品である。美しく薫り高い、「ブリティッシュ・ロック」である。