幻想音楽夜話
Lone Justice
1.East Of Eden
2.After The Flood
3.Ways To Be Wicked
4.Don't Toss Us Away
5.Working Late
6.Sweet, Sweet Baby (I'm Falling)
7.Pass It On
8.Wait 'Til We Get Home
9.Soap, Soup And Salvation
10.You Are The Light

Maria McKee : lead voclas, guitar & harmonica.
Ryan Hedgecock : guitar & background vocals.
Marvin Etzioni : bass & background vocals.
Don Heffington : drums.

Benmont Tench : piano & organ.

Produced by Jimmy Iovine.
1985 David Geffen Company.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ローン・ジャスティスの演奏を初めて耳にしたとき、何とも言えない懐かしさを覚えたものだった。1980年代の中頃のことだった。「懐かしさ」というと語弊があるかもしれないが、他にうまい言葉が見つからない。それはまるで、かつて心の拠り所として愛した音楽との永い空白期間を経ての再会であるかのようだった。ああ、今までどこへ行っていたのだ、と、そんな気持ちにもなったものだった。

 1980年代も半ばになると、「ロック」はすっかり音楽産業の巨大な構造の中に組み込まれてしまっていた。「ロック」がカウンター・カルチャーと共にあった1960年代は遙かな過去だった。「ロック」は形骸化し、「毒」を抜かれ、「商品」としてヒット・チャートに並べられていた。もちろんロック・シーンの全体を見渡せば決してそんなことはなかったのだが、1970年代の「ロック」を聴きながら育った世代にとって、やはり何かひどく物足りなさを感じる時代だった。姿形は似ているのに、何か本質的なところが違っているような、そんなもどかしさを感じていたものだった。

 そんな時代に、マリア・マッキーの歌声が聞こえてきた。「East Of Eden」を聴きながら、「Pass It On」を聴きながら、「Soap, Soup And Salvation」を聴きながら、鳥肌が立つような感覚を味わったのを憶えている。

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 ローン・ジャスティスはヴォーカルのマリア・マッキーとギタリストのライアン・ヘッジコックを中心にロサンゼルスで結成されたバンドで、このデビュー・アルバムはジミー・アイオヴィンのプロデュースによって1985年に発表されたものだ。ジミー・アイオヴィンはトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのプロデュースによって名を馳せた人物で、その繋がりからマリア・マッキーはローン・ジャスティスのデビューに先立ってハートブレイカーズをバックに映画「ストリート・オヴ・ファイヤー」のサントラの中で歌い、このローン・ジャスティスのデビュー・アルバムにはハートブレイカーズのメンバーのゲスト参加が実現している。

 ヴォーカルのマリア・マッキーはまだ若く、デビューの頃にはまだ二十歳前後だった。マリアの兄であるブライアン・マクリーンはウエスト・コーストの伝説的バンド「ラヴ」のメンバーだった。ローン・ジャスティスとして活動を始める前には、マリアは兄のバンドで歌っていたこともあるようだ。ジャケット写真で見るマリアの顔は少し物憂げな表情の中にまだあどけなさも残っている。「マリア」という、その名も素敵だった。マリアを初めとしたメンバーたちの写真でデザインされたシンプルなジャケットは、どこか1960年代のバンドのような雰囲気もあって、どこか懐かしさを感じさせてくれて魅力的だった。

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 一曲目に収録された「East Of Eden」はベースを担当するマーヴィン・エツィオーニの曲で、ボ・ディドリー風のロックン・ロールだが、「パンク」的なスピード感を伴っていて彼らが1980年代のバンドであることを印象づけてもいる。叩きつけるようなマリアの歌声が強烈だ。若さに任せたようなパワフルな「歌いっぷり」は痛快ですらある。この一曲だけでマリアの歌声に魅入られてしまったファンも少なくないだろう。

 「After The Flood」はマリアがブルース・スプリングスティーンのコンサートを見た直後に書いた楽曲であるという。確かに曲調にブルース・スプリングスティーンを彷彿とさせるところがある。語りかけるような、少々抑えた感じのマリアの歌唱もいい。

 「Ways To Be Wicked」は「さまよう恋」という邦題が付けられ、シングル曲にもなった。トム・ペティとマイク・キャンベルによる未発表曲を取り上げたもので、レコーディングにはマイク・キャンベルも参加しているという。まさに正統的な「アメリカン・ロック」と言いたいようなロックン・ロールで、マリアの歌唱にも似合っている。なおトム・ペティ自身による「Ways To Be Wicked」は、1995年に発表されたCD6枚組の彼のアンソロジー的ボックス・セット「PLAYBACK」に収録されている。

 「Don't Toss Us Away」はマリアの兄であるブライアン・マクリーンによる楽曲で、しっとりとしたカントリー・ミュージックだ。アコースティックな演奏をバックにしたマリアの情感豊かな歌声に魅了される。その年齢からは意外なほどの深い味わいが素晴らしい。

 「Working Late」はマーヴィン・エツィオーニによる楽曲だ。曲調はホンキー・トンク風でもあり、カントリー風でもあるのだが、演奏にどこかガレージ・パンク風なところが漂っているのが彼ららしいところだろうか。

 「Sweet, Sweet Baby (I'm Falling)」は彼らのセカンド・シングルにもなった。マリアの歌詞にリトル・スティーヴンこと、スティーヴ・ヴァン・ザントとボブ・テンチが曲を付け、レコーディングにも参加しているようだ。疾走感漂うロックン・ロールで、躍動感に溢れた楽曲だ。演奏の印象が他の楽曲と少々異なるのは、やはりリトル・スティーヴンの参加の影響が大きいのかもしれない。

 「Pass It On」はマリアの作詞作曲による。雄大なスケール感を持った楽曲で、生きることの意味を俯瞰するような歌詞も素晴らしい。淡々と語りかけるような歌唱からやがて熱を帯びてくるように変化するマリアの歌声に引き込まれる。

 「Wait 'Til We Get Home」はマリアの作詞、マリアとヘッジコックの作曲による楽曲だ。シンプルなロックン・ロールだが、タイトでありつつどこかルーズなグルーヴを感じさせるあたりは往年の「サザン・ロック」を彷彿とさせたりもする。

 「Soap, Soup And Salvation」はマリアの作詞作曲による楽曲で、このアルバム中でも強く印象に残る楽曲のひとつだ。スピーディーで軽快なロックン・ロールだが、意味深い歌詞が魅力的だ。語りかけるようであったり、余分な力を抜いた軽快な歌唱であったり、低く抑制の効いた歌い方であったりと、マリアの歌唱は変幻自在で、突然高音のシャウトが混じるところなどはなかなか痛快だ。

 アルバム最後に収録された「You Are The Light」はマーヴィン・エツィオーニによる楽曲だ。静かな曲調のしっとりとした楽曲で、締めくくりに相応しい楽曲だろう。間奏部分で聴かれるハーモニカはマリア自身によるものだろうか。情感を込めたマリアの歌唱が素晴らしい。

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 ローン・ジャスティスの音楽の魅力は、そのままマリア・マッキーの歌声の魅力だった。そのデビューに際してアメリカのメディアはリンダ・ロンシュタットやドリー・パートン、エミルー・ハリス、そしてジャニス・ジョプリンなどの名を引き合いに出して形容したというが、確かにそれは的を射たものであるかもしれない。カントリー・ミュージックの影響を強く感じさせる歌唱と、ジャニスを彷彿とさせるシャウトとが融合したマリアの歌声は、アメリカン・ロック/ポップスを愛する音楽ファンの耳を捉えて余りある魅力があった。

 ゆったりとしたカントリー・ミュージックを情感豊かに歌い、あるいはスピーディーなロックン・ロールを叫ぶように歌う、マリアのその歌声に魅了されたファンは少なくはなかっただろう。その歌声はマリアの年齢故に、若さ特有の性急さや不安定さも感じられるものだったが、だからこそ「歌う」という行為にかける熱情のようなものが満ち溢れて聴く者を圧倒した。マリアの若さを思えば、その将来性や可能性といったものは計り知れず、希にみる才能の出現に驚愕した音楽ファンは少なくなかった。

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 彼らの音楽はカントリー・ミュージックやブルースといったいわゆる「ルーツ・ミュージック」に根ざした、いわば「アメリカン・ロック」の正統だった。1980年代のバンドらしく「パンク」の時代を経験してきた世代の新しい感性が息づいてはいたが、時代に迎合することもなく、殊更に斬新であろうともせず、自らを育んだ音楽に真摯に向き合い、自然体で造り上げられた「アメリカン・ロック」だった。ローン・ジャスティスとマリア・マッキーは、「アメリカン・ロック」というものの王道を歩こうとしていたのかもしれない。スリーヴに記された「Recorded in America」の文字が、彼らのそうしたスタンスを見事に物語っている。だからこそ彼らの音楽は1970年代のロック・ミュージックを愛した者の耳にも新鮮さの中にある種の懐かしさを漂わせて深く響いたのだ。

 誤解を恐れずに言えば、マリア・マッキーは基本的にカントリー・シンガーである。しかし、その歌声がロックのビートに乗った時、マリアはロック・シンガーに豹変する。その豹変ぶりが痛快だった。マリアの歌唱は当時の音楽評論家や一部のファンに絶賛と共に迎えられた。しかし時代は彼らの味方をしてくれなかった。ローン・ジャスティスのデビュー・アルバムは、売れなかったのである。