幻想音楽夜話
Shock Treatment / The Edgar Winter Group
1.Some Kinda Animal
2.Easy Street
3.Sundown
4.Miracle Of Love
5.Do Like Me
6.Rock & Roll Woman
7.Someone Take My Heart Away
8.Queen Of My Dreams
9.Maybe Some Day You'll Call My Name
10.River's Risin'
11.Animal

Edgar Winter - keyboards, vocals, sax and percussion.
Dan Hartman - bass, vocals, rhythm guitar, strings and percussion.
Rick Derringer - lead & rhythm guitar, vocals, bass and percussion.
Chuck Ruff - drums, vocals and percussion.

Produced by Rick Derringer.
1974 Suny Music Entertainment Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年代前半のアメリカン・ロックと言えば、多くの人々が「サザン・ロック」や「ウエスト・コースト・サウンド」をその代表的なものとして思い浮かべるのではないだろうか。そうしたカントリー・ミュージックやブルースに根ざした音楽は、ある意味ではまさに「アメリカン・ロック」を代表するものと言えるかもしれない。しかしその陰で、いわゆる「サザン・ロック」や「ウエスト・コースト・サウンド」のイメージの枠組みから外れたロック・ミュージックが今では忘れ去られたような印象となっているように思えるのは気のせいだろうか。エドガー・ウインターという人の音楽もまた、そのようななかば「忘れられた」立場に甘んじているもののひとつなのではないか。

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 エドガー・ウインターとリック・デリンジャーという二人のミュージシャンのことについて、まず少し触れておかなくてはなるまい。エドガー・ウインターはテキサス出身のミュージシャンで主にキーボードを演奏、1970年にデビュー・アルバムを発表している。多様な音楽性を内包した彼の作品は音楽業界からは絶賛されつつも販売面では芳しくなく、「ロック」に転向して後の活動を継続する。リック・デリンジャーはオハイオに生まれ、1960年代中頃にはマッコイズの中心的メンバーとして活動していたという経歴を持つ。後にプロデューサーとして頭角を現し、エドガーの兄であるジョニー・ウインターと活動を共にしたことから弟のエドガーとも親交を深めていったようだ。

 「Shock Treatment」と題されたこのアルバムは、エドガー・ウインターのグループによって1974年に発表されたものだった。彼のグループのギタリストだったロニー・モントローズが自らのバンド結成のために脱退した後を受けて、リック・デリンジャーがプロデューサーとしてだけではなくギタリストとしてもグループの正式メンバーに名を連ねたものだった。ギタリストとしても類い希な才能を有するリックがメンバーとなったことで、エドガー・ウインターのグループの音楽はさらに高められ、魅力的なものになったように思える。この頃がエドガー・ウインターとリック・デリンジャーの一種の蜜月時代であっただろう。

 兄のジョニー・ウインターがどっぷりとルーツに根ざしたブルース・ギタリストであったのとは対照的に、エドガー・ウインターは多種多様な音楽性をその背景に持っていたようだ。彼の目指した音楽は単なるブルースでもロックン・ロールでもなく、さまざまなジャンルの要素を取り入れ、なかば前衛的な要素も織り込んだ先鋭的なものだった。しかし彼のそうした音楽は商業的に成功を得ることはできず、より「ロック」に近い音楽にその活動の場を見いだしたと考えることができるだろう。そしてそのエドガーの才能をうまく商業的な成功へと導いたのがリック・デリンジャーだったのではないか。

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 このアルバムが日本で発売された時、クイーンのセカンド・アルバムの発売とほぼ同時期だったことをよく覚えている。当時の音楽雑誌の新譜評のコーナーでこのアルバムと「QUEEN II」との双方がずいぶんと高い評価を得ていたのが印象に残っているが、やがて時を経て、当時の音楽が歴史の中に語られるようになると、このふたつの作品の一般的認知度や評価といったものはずいぶんと隔たったものになってしまった。

 そのふたつを隔てたもののひとつは、アーティスト自身の知名度であるだろう。その活動の中での音楽的成功と商業的成功によってアーティスト自身が獲得した「名声」によっても、その作品の知名度は大きく異なる。「クイーン」のセカンド・アルバムと「エドガー・ウインター・グループ」の「Shock Treatment」との認知度の差は、そのまま「クイーン」と「エドガー・ウインター・グループ」という二組のアーティストの「名」の認知度の差と言うこともできるだろう。

 しかし、音楽シーンの数限りない例の中には、たったひとつの作品によって不朽の名声を獲得したアーティストというものも存在する。それにも関わらず、傑作「Shock Treatment」の他にも多くの優れた作品を発表しながら、エドガー・ウインターと彼のグループの名がまるで1970年代に置き去りにされたように感じられるのは何故なのだろうか。

 その根本的理由は、彼らの音楽性そのものにあったのではないか。彼らの音楽が時代に迎合し、時が経てば陳腐化してしまうような浅薄なものであった、というのではない。むしろその逆だったのではないか。

 「ウエスト・コースト・サウンド」や「サザン・ロック」は、ある意味で1970年代前半のアメリカン・ロックを象徴するものだったが、それはすなわち音楽の歴史に於ける「時代」の「うねり」のようなものだった。時代と共に変化し続ける音楽の流れの中でなかば必然的に、台頭し、「ロック」の一翼を担い、そして時代と共に過ぎていった。だからこそそれらの音楽は「時代」と共に語られ、時を経ても忘れ去られることがない。

 エドガー・ウインターの音楽は、そうした時代のうねりの中に浮かんでいない。彼の音楽は時代の流行を無視し、超え、より普遍的なポップ・ミュージックを目指していたように思える。だから彼の音楽は「時代」を象徴するものになり得ない。「Shock Treatment」は非常に優れた作品でありながら、当時のロック・ミュージックを代表する作品としては妥当ではなく、それ故に「名盤」として語られる機会も少ないのだ。エドガー・ウインターのファン、そして「Shock Treatment」という作品を愛する人々は、それを惜しむ必要はない。むしろ誇りにすべきなのではないか。

 この作品が発表された当時、エドガー・ウインター・グループとその作品である「Shock Treatment」は「アメリカン・ハード・ロック」の形容のもとに日本に紹介され、売られたように記憶しているが、それは彼らとこの作品にとってひとつの「不幸」であったかもしれない。「アメリカン・ハード・ロック」の形容に惹かれて、例えばグランド・ファンク・レイルロードのような豪放なハード・ロックを期待したファンがこの作品を手にしたとすれば、ずいぶんと期待外れな思いをしたことだろう。この音楽は決して「ハード・ロック」ではない。エドガー・ウインターはテキサスの出身だが、その音楽はいわゆる「サザン・ロック」でもない。さらに言うなら、「ロック・ミュージック」であるかも疑問だ。

 しかし、当時、この作品の魅力をうまく形容する言葉が他にあっただろうか。おそらくどのような言葉を選んでも、この作品の本質的魅力をうまく伝えることはできなかったに違いない。この作品の音楽は安易なラベリングやカテゴライズを嘲笑するかのように、さまざまな音楽性を内包し、陳腐な「ジャンル」や「流行」や「時代性」を超えて、真にエンターテインメントなポップ・ミュージックとして成立しているからだ。

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 「Shock Treatment」はとても素晴らしい作品だ。当時のアメリカン・ロック・シーンが生んだ傑作のひとつに数えても差し支えあるまい。しかし、「アメリカン・ロック」という言葉に対してブルースやカントリーといったルーツに根ざした土臭い素朴なロック・ミュージックというイメージが先行するのであれば、「Shock Treatment」を「アメリカン・ロック」と呼ぶべきではないかもしれない。「Shock Treatment」は都会的で洒脱で派手で、少しばかり退廃的な香りの漂う、コンテンポラリー・ミュージックとしてのロック・ミュージックだ。

 アルバム全編に漂うポップ感覚はリック・デリンジャーの音楽的指向によるものだろう。リック・デリンジャーの個性があまりに強く出過ぎているという見方もあるかもしれないが、そもそもエドガー・ウインターのソロ作品にリック・デリンジャーがゲスト参加したというものではなく、リック・デリンジャーを正式メンバーとした「エドガー・ウインター・グループ」という「バンド」の作品なのだから、バンドのメンバーのそれぞれの個性が重要な要素として作品世界を形作っているのが当然のことだろう。バンド・メンバーであるダン・ハートマンはこの作品の収録曲の大部分を書いているが、この人による楽曲が素晴らしい。この楽曲自体の魅力もまた「Shock Treatment」を傑作としている大きな要素だと言えるだろう。

 冒頭の「Some Kinda Animal」はリック・デリンジャーのギターが存分に味わえるハードでポップな楽曲だ。「Easy Street」はブルースやジャズの香り漂う楽曲で、夜の街を徘徊するような雰囲気が楽しい。サックスの演奏が印象的な楽曲だが、エドガー自身の演奏によるものだろう。「Sundown」はサザン・ロック風の大陸的な雄大さを感じる曲調が魅力だ。「Miracle Of Love」は軽快でポップな佳曲。「Do Like Me」はエドガー・ウインターのペンによる楽曲で、ファンク風の前半部と往年のロックン・ロール風に展開する後半との組み合わせが楽しい。

 LP時代にはB面の冒頭だった「Rock & Roll Woman」はそのタイトル通りにシンプルで軽快なロックン・ロールだ。「Someone Take My Heart Away」はエドガーのペンによる甘美でメランコリックなバラードで、エドガーのソング・ライターとしての才能を垣間見る楽曲だろう。個人的にはこの曲をこのアルバム中のベスト・トラックとして推したい。名曲である。「Queen Of My Dreams」は、このアルバムの中で唯一「ハード・ロック」の形容に相応しい楽曲だろう。マウンテンの演奏を連想するような重厚でアグレッシヴな演奏はなかなか痛快だ。「Maybe Some Day You'll Call My Name」はポップなバラードで、親しみやすいメロディが魅力的な楽曲だ。「River's Risin'」は疾走感溢れる軽快な楽曲で、ウエスト・コースト・サウンド的な雰囲気が漂う。最後の「Animal」は冒頭の「Some Kinda Animal」と対になる構成だろう。少々前衛的なところも感じさせるファンク的なロックで、アルバムのラストに相応しいものと言えるだろう。

 「Shock Treatment」の音楽は、さまざまなタイプのロック・ミュージックと、さらにジャズやブルースといった種々の音楽の要素を織り込んだ良質のポップ・ミュージックだと言ってよい。それを構成するさまざまな音楽的要素は、バンドのメンバーそれぞれの、特にエドガー・ウインターとリック・デリンジャーの音楽的な「懐の深さ」を示すものと言えるだろう。甘美なバラードからロックン・ロールやハード・ロックまで、収録される楽曲のタイプはさまざまだが、散漫な印象にならずひとつの「色」に統一されてアルバムを構成しているのはプロデューサーとしてのリック・デリンジャーの手腕だろうか。

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 「Shock Treatment」は、そこに見られる音楽の表情の多様さのために特定の「ジャンル」のもとに語ることが難しい。そのために歴史の中に埋もれ、顧みられることが少ないのであれば、やはりそれは寂しく、惜しいことだと言わざるを得ない。このアルバムに刻まれた音楽は今も当時と変わらぬ魅力を持って輝き、ポップ・ミュージックの愉しさを聴く者に与えてくれる。

 このアルバムは当時のロック・シーンの大きな潮流の中に位置しているわけではない。時代を牽引するような先進的な音楽であったわけでもない。それ故に「歴史的名盤」として名を挙げられることはほとんどない。しかしそれでも、「Shock Treatment」は「名盤」と呼ぶに相応しい傑作である。