幻想音楽夜話
Simple Dreams / Linda Ronstadt
1.It's So Easy
2.Carmelita
3.Simple Man, Simple Dream
4.Sorrow Lives Here
5.I Never Will Marry
6.Blue Bayou
7.Poor Poor Pitiful Me
8.Maybe I'm Right
9.Tumbling Dice
10.Old Paint

Produced by Peter Asher.
1977 Elektra/Asylum Records.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 この「Simple Dreams(邦題を「夢はひとつだけ」という)」を発表した頃が、「ウエスト・コーストの歌姫」と呼ばれたリンダ・ロンシュタットがおそらく最盛期を迎えた時期だったのではないかと思う。リンダ・ロンシュタットはデビュー直後にはなかなか人気が得られず、ピーター・アッシャーに出会って再出発、それからようやくその才能を開花させてその名を世に知らしめている。「悪いあなた」や「哀しみのプリズナー」、「風にさらわれた恋」と、次々に好盤を発表し続け、その度毎にリンダはシンガーとして成熟し、それに伴って作品自体の完成度も高まっていった。そのひとつの頂点に至ったのが、この「Simple Dreams」であったような気がする。

 「Simple Dreams」が発表されたのは1977年、ニューヨークとロンドンではパンクが荒れ狂い、ウエスト・コーストは1976年に発表されたイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の余韻に覆われていた。そんな時代だった。「ホテル・カリフォルニア」は、今にして思えばひとつの時代の終わりを告げる象徴のような作品だったが、当時、ほとんどの者はそんなことを考えてもいなかっただろう。1970年代初期に「ジャンル」として確立し、知名度を増した「ウエスト・コースト・サウンド」は、その後数多くの傑作を生みだし、いよいよ絶頂期を迎えていたようにも思われた。そのような中にあって、リンダ・ロンシュタットの「Simple Dreams」は、絶頂期を迎えたウエスト・コースト・サウンドのひとつの象徴のような作品でもあったようにも思える。

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 この「Simple Dreams」は「It's So Easy」というヒット曲を生んだ。アメリカでは1977年の暮れ頃に、日本では1978年の春先のヒットとなった。もともとは往年のロックン・ローラーであるバディ・ホリーの曲だが、リンダは完璧に自分のものとして歌っている。力強い演奏のウエスト・コースト・サウンドも魅力的で、この演奏と歌唱によってリンダ・ロンシュタットによる「It's So Easy」はウエスト・コースト・サウンドを代表するヒット曲のひとつになってしまったと言えるだろう。ポップで親しみやすい曲調も魅力だ。

 「Carmelita」はシンガー/ソング・ライターのウォーレン・ジヴォンによる楽曲で、自身のアルバムに収録されていたものだ。ウォーレン・ジヴォンはシカゴ出身だが、十代の頃にロスアンジェルスに移り、ウエスト・コーストを舞台に音楽活動を始めている。一般的な知名度は高くはないが、その独自のスタイルは一部のファンには熱烈に愛されてもいる。リンダによる「Carmelita」はカントリー・ミュージック的な味わいの漂うもので、ゆったりとした中にしっとりとした情感を漂わせて魅力的だ。地味だが、佳曲である。

 「Simple Man, Simple Dream」はウエスト・コースト・シーンでは比較的知名度の高いJ.D.サウザーによる楽曲で、彼自身のアルバム「Black Rose」に収録されている。アルバム・タイトル「Simple Dreams」の元になった楽曲なのだろうか。これもしっとりとした味わいの楽曲だが、リンダの歌声は繊細な情感に満ちていて素晴らしい。おそらくリンダ自身も気に入っていた楽曲なのではないだろうか。

 「Sorrow Lives Here」はシンガー/ソング・ライターのエリック・カズの楽曲だ。エリック・カズはあまり一般的な知名度は高くはないが、彼の楽曲を多くのシンガーが好んで歌ったことでその名を知られ、今では伝説的なソング・ライターと言ってもいいだろう。リンダはアルバム「Don't Cry Now」の中でもエリック・カズの「Love Has No Pride」を歌っている。「Sorrow Lives Here」ではピアノの演奏のみをバックに、切々とした情感を込めてリンダは歌っている。そのタイトルの通り、悲しげな表情が印象的だ。

 「I Never Will Marry」は古くから歌い継がれているトラディショナル曲で、控えめなギターの演奏をバックに歌うリンダに、ドリー・パートンがハーモニーをつける。哀感の漂う曲想も魅力的で、リンダとドリーとの情感豊かな歌唱に惹きつけられる。「弾き語り」的な味わいがあるのだが、ギター演奏にリンダ自身の名もあり、実際にリンダの「弾き語り」によるものなのかもしれない。

 「Blue Bayou」はロイ・オービソンが1960年代の初期にヒットさせた楽曲だ。「bayou」とはアメリカ南部の沼地となった入江のことをさす言葉で、故郷の「Blue Bayou」に残してきた恋人を想うという内容が歌われている。ゆったりとした波間に漂うような曲調に、儚げな哀感を漂わせて、リンダの歌唱も冴え渡っている。この楽曲はアメリカでは「It's So Easy」の直後にヒット・チャートを賑わせている。リンダの代表曲のひとつに数えてもよいのではないか。

 「Poor Poor Pitiful Me」は、「It's So Easy」と同じスタイルのウエスト・コースト的なロックン・ロールで、これも元はウォーレン・ジヴォンの楽曲だ。「pitiful」とは「哀れな」という意味で、要するに「恋がうまくいかない」自分を嘆く内容だが、演奏も歌唱も力強く、決然とした感じさえあって痛快だ。歌詞の中に「ヨコハマ」が出てくるのも面白い。「私はついてない」という邦題も秀逸だ。終盤で聴かれるワディ・ワクテルによるエレクトリック・ギターの演奏が何とも爽快で、個人的にはこのアルバム中で最もお気に入りの楽曲だ。

 「Maybe I'm Right」はリンダのバック・バンドのギタリストであるロバート・ワディ・ワクテルによる楽曲で、アコースティック・ギターの演奏をバックに歌われる、しっとりとしたバラードだ。コーラスにプロデューサーのピーター・アッシャーとJ.D.サウザーも名を連ねている。

 「Tumbling Dice」は説明の必要もない、ローリング・ストーンズの名曲。原曲を彷彿とさせる力強いロックン・ロールだが、やはりアメリカ的な大らかさを感じさせる演奏だ。リンダのパワフルな歌唱が魅力的だ。

 「Old Paint」もトラディショナル曲で、これも基本的にはリンダのアコースティック・ギターによる「弾き語り」にドブロの演奏やコーラスを加えたもののようだ。カントリー・ミュージック調のシンプルな楽曲だが、のびやかな中にもしっとりとした情感を湛えている。

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 リンダ・ロンシュタットは自らは作詞作曲を行わず、シンガーとして他のソング・ライターによる楽曲を歌ってきた。このアルバムでもローリング・ストーンズの有名曲からほとんど無名とも言えるソング・ライターの楽曲、さらにはトラディショナル曲まで、さまざまな楽曲を取り上げている。リンダは時には野太い声でパワフルにロックン・ロールを歌い、時には繊細なニュアンスで悲しげなバラードを歌い上げる。そのすべてがリンダの歌唱によってひとつの「色彩」に染まり、ひとつの音楽世界を創り上げている。その音楽はゆったりとしていて、しっとりと味わい深く、時に軽やかで爽快な開放感を伴っている。リンダ・ロンシュタットというシンガーの力量を充分に味わえるアルバムだと言えるだろう。

 そしてまた、リンダを支えるバック・バンドの演奏が奏でる「ウエスト・コースト・サウンド」も、このアルバムの魅力のひとつと言えるだろう。特にワディ・ワクテルのギターがいい。「It's So Easy」や「Poor Poor Pitiful Me」で見せるハードな演奏から、「Simple Man, Simple Dream」などで見せる繊細なサウンドまで、バック・バンドの演奏はこの頃の「ウエスト・コースト・サウンド」のひとつの典型とも言えるもののような気がする。

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 このアルバムが発表された1977年前後、「ウエスト・コースト・サウンド」は従来のカントリー・ロック色を徐々に薄めて行き、来るべきAORへと姿を変えつつあった。イーグルスは「ホテル・カリフォルニア」の後、長い沈黙を続け、1979年になってようやく発表された「The Long Run」は酷評され、そのまま解散に至ってしまった。マイケル・マクドナルドが加入したドゥービー・ブラザースは劇的に音楽性を変化させ、豪放なアメリカン・ロックから洗練されたシティ・ミュージックへと変貌しようとしていた。そのような状況の中で、リンダ・ロンシュタットの「Simple Dreams」はカントリー・ロックに根ざした「ウエスト・コースト・サウンド」の最後の「灯」であったかもしれない。

 この頃、リンダ・ロンシュタットは「ウエスト・コーストの歌姫」であるのみならず、アメリカン・ロック/ポップ・シーンを代表する女性シンガーだったと言ってよい。アルバム作品も好評だったし、シングルとして発表された楽曲はどれもがヒットを記録した。「ウエスト・コースト・サウンド」を好むロック・ファンだけでなく、「ロック」には興味の無い一般的なポピュラー・ミュージックのファンからも、彼女の歌声は愛された。そのリンダ・ロンシュタットの、ひとつの頂点がこの「Simple Dreams」であろう。このアルバムはリンダの作品の中で「Heart Like a Wheel(悪いあなた)」や「Prisoner In Disguise(哀しみのプリズナー)」などと共に、その人気と評価で常に一、二位を争う作品でもある。「ウエスト・コースト・サウンド」のみならず、1970年代のアメリカン・ロック/ポップ・シーンを代表するアルバムの中の一枚であろう。名盤である。