幻想音楽夜話
Nicolette / Nicolette Larson
1.Lotta Love
2.Rhumba Girl
3.You Send Me
4.Can't Get Away From You
5.Mexican Divorce
6.Baby, Don't You Do It
7.Give A Little
8.Angels Rejoiced
9.Frence Walts
10.Come Early Mornin'
11.Last In Love

Nicolette Larson : vocal, guitar, tambourine, percussion, background vocal

Billy Payne : keyboard - "Rhumba Girl", "Can't Get Away From You", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Give A Little", "Frence Walts", "Last In Love"
Rick Shlosser : drums - "Lotta Love", "Rhumba Girl", "You Send Me", "Can't Get Away From You", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Give A Little", "Frence Walts", "Come Early Mornin'"
Bob Glaub : bass - "Lotta Love", "Rhumba Girl", "You Send Me", "Can't Get Away From You", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Frence Walts", "Come Early Mornin'"
Paul Barrere : guitar - "Rhumba Girl", "Can't Get Away From You", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Give A Little", "Frence Walts"
Bobby La Kind : congas, triangle - "Rhumba Girl", "Can't Get Away From You", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Give A Little", "Frence Walts"
Herb Pedersen : acoustic guitar, guitar, vocal, background vocal - "Lotta Love", "You Send Me", "Mexican Divorce", "Angels Rejoiced", "Frence Walts", "Come Early Mornin'"
Jimmie Haskell : strings & woodwinds arranged & conducted, accordion - "Lotta Love", "You Send Me", "Mexican Divorce", "Frence Walts", "Last In Love"
Mark Jordan : keyboard - "Lotta Love", "You Send Me"
Victor Feldman : maraacas, vibes - "Rhumba Girl", "You Send Me", "Give A Little"
David Kalish : guitar - "Lotta Love", "You Send Me"
Andrew Love : saxophone - "Lotta Love", "You Send Me", "Give A Little"
Albert Lee : guitar, mandolin - "Give A Little", "Angels Rejoiced"
Plas Johnson : flute - "Lotta Love"
Klaus Voorman : bass - "Give A Little"
Fred Tackett : acoustic guitar - "Give A Little"
Patrick Simmons : acoustic guitar - "Frence Walts"
James Burton : dobro - "Come Early Mornin'"
Jim Horn & Chuck Findley, Steve Madaio : horn - "Rhumba Girl", "Baby, Don't You Do It"
Valerie Carter : background vocal - "You Send Me", "Can't Get Away From You", "Baby, Don't You Do It"
Mike McDonald : background vocal - "Can't Get Away From You"
Chunky : background vocal - "Can't Get Away From You"
Linda Ronstadt : background vocal - "Mexican Divorce", "Give A Little", "Come Early Mornin'"
Teddy Templeman : background vocal, percussion - "Lotta Love", "You Send Me", "Mexican Divorce", "Baby, Don't You Do It", "Give A Little", "Frence Walts"

Produced by Teddy Templeman
1978 Warner Bros. Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1978年、TBSで「ザ・ベストテン」の放送が開始された年だ。日本の歌謡曲シーンはピンク・レディーに席巻されていた。キャンディーズは解散し、サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューした。ニューヨークとロンドンではパンクの嵐が吹き荒れていた。ウエスト・コーストでは1976年に「Hotel California」を発表したイーグルスが長い沈黙を保っていた。リンダ・ロンシュタットはコンスタントに活動を続けていたが、どことなくピークを過ぎて安定期を迎えているようにも見えた。1976年の「Takin' It to the Streets」から音楽性を変化させたドゥービー・ブラザースはこの年、名盤「Minute by Minute」を発表する。ドゥービー・ブラザースの音楽性の変化とその成功は、ウエスト・コーストのミュージック・シーンの来るべき変化を示唆していた。ウエスト・コーストのロック・ミュージックはゆっくりと、しかし確実に「AOR」へと向かっていたのだ。

 その年の秋、軽やかなウエスト・コースト・サウンドに彩られて、ひとりの女性シンガーのデビュー・アルバムが発表される。ニコレット・ラーソンである。「Nicolette(愛しのニコレット)」と題されたアルバムから、その冒頭を飾った「Lotta Love(溢れる愛)」がシングル曲として発売され、翌1979年の早春、アメリカでチャートのトップ10に入る大ヒットになる。日本でもほぼ同時期、なかなかのヒット曲になった。ニコレット・ラーソンの名と「Lotta Love(溢れる愛)」、そしてアルバム「愛しのニコレット」は、当時のウエスト・コースト・サウンドを愛するファンにとっては決して忘れられない、当時のウエスト・コースト・サウンドを語るときには外すことのできないもののひとつとして、その名を残している。アルバム・ジャケットの、少しおどけた様子で立つニコレットの、愛くるしい笑顔を印象深く憶えているファンも少なくないことだろう。

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 例えば人気実力共に申し分のないスター・シンガーのステージで、バンドのミュージシャンたちに混じって脇の方でマイクスタンドに向かうコーラス・シンガーの姿を見ることがある。そうしたサポート・シンガーたちはほとんどスポットライトを浴びることはないが、素晴らしい歌唱力を持ったシンガーたちであることが少なくない。ほんの少しのチャンスが、彼ら(あるいは彼女たち)に、成功への扉を開けてくれたなら、次のステージでスポットライトを浴びるのは彼ら(彼女たち)かもしれないと、そんなふうに思うことがある。ニコレット・ラーソンは、まさにそのようにして成功への階段を駆け上がった。

 彼女は1952年にモンタナ州に生まれ、少女時代は父親の仕事の関係でアメリカ国内を転々とする暮らしだったという。大学時代にサンフランシスコを訪れた彼女はカリフォルニアの風土と気風に心惹かれ、やがて大学をやめてサンフランシスコで暮らし始める。1973年頃から機会に恵まれてコーラス・シンガーを務めるようになり、そのシンガーとしての才能を現し始める。やがてロサンゼルスに移った彼女はエミルー・ハリスやリンダ・ロンシュタット、ニール・ヤングらと知り合い、親交を深めてゆく。その人脈からか、1977年頃からニコレットはさまざまなミュージシャンのアルバム制作への参加を重ねてゆく。ニール・ヤングの「American Stars 'N Bars(1977年)」やエミルー・ハリスの「Luxury Liner(1977年)」をはじめ、ジェシ・コリン・ヤングの「Love on the Wing(1977年)」、ジェシ・ウインチェスターの「Nothing But a Breeze(1977年)」、そしてドゥービー・ブラザースの「Minute by Minute(1978年)」などなど、挙げればきりがないほどだ。

 そうなると、ウエスト・コースト・ミュージックのファンの間でも否応なく話題にされ始める。「この、Nicolette Larsonというシンガーは、いったい何者だ」というわけだ。ニール・ヤングの「American Stars 'N Bars」にリンダ・ロンシュタットやエミルー・ハリスと共に名を連ねているのだから話題にならないはずがない。そしてもちろん彼女の存在に注目したのはファンだけではなかった。レコード会社各社が彼女とのソロ契約獲得に動き始める。けっきょく彼女を獲得したのはワーナー・ブラザースだったが、ニール・ヤングやリンダ・ロンシュタットらがワーナーのミュージシャンだったことは大きな要因だったろう。そうして1978年秋、ニコレット・ラーソンの初めてのソロ・アルバムが発表される。それが本作、「Nicolette(愛しのニコレット)」である。

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 ニコレット・ラーソンのデビュー・アルバムに際して、プロデュースはテッド・テンプルマンが担当した。1960年代にハーパース・ビザールのメンバーだったテンプルマンは1970年代になってプロデューサーに転身、ドゥービー・ブラザースをスターダムに押し上げ、リトル・フィートやヴァン・モリソンも手がけ、この頃にはプロデューサーとして充実した時期を迎えていた。ニコレット・ラーソンのデビュー・アルバム制作に際して、テッド・テンプルマンは自らがプロデュースを担当したリトル・フィートやドゥービー・ブラザースのメンバーをはじめ、当時のウエスト・コースト・シーンの第一線で活躍するミュージシャンたちを集めた。そうして、ニコレット・ラーソンのデビュー・アルバムが誕生する。完成したアルバムは、まさに1970年代ウエスト・コーストのロック・ミュージックを象徴するような音楽だった。歯切れ良く爽快な演奏と、素直でのびやかなニコレットの歌唱、その音楽は陽光と潮風に彩られ、湿り気を感じさせずカラリと乾いた感触があり、その中にもしっとりとした情感を漂わせていた。

 シングルとしてヒットした「Lotta Love(溢れる愛)」は、そうしたアルバムの魅力を象徴する楽曲だと言っていい。この曲はニール・ヤングによって書かれたものだ。当時、ニール・ヤングとニコレットは恋仲だったそうだ。ニール・ヤングのデモ・テープの中からニコレットが見つけた楽曲らしいが、まるでニコレットのために書かれた楽曲であるかのように、彼女ののびやかな歌唱によく似合っている。サックスやフルートも交えた演奏も魅力的で、テッド・テンプルマンもバック・コーラスに加わっている。爽快な中にも哀感が漂う曲想が素晴らしく、1970年代ウエスト・コースト・ミュージックの名曲のひとつと言っていい。

 「Rhumba Girl」はジェシ・ウインチェスターの楽曲で、ニコレットが参加していた「Nothing But a Breeze」の収録曲だ。ホーンを交えた編曲が印象的な、リトル・フィート的な躍動感に富んだ演奏だ。ニコレットも力強く歌っているが、その中に可愛らしさが残っているところが当時のニコレットらしいところで、それが彼女の魅力のひとつと言っていいだろう。

 「You Send Me」はサム・クックの楽曲だ。しっとりとしたバラードで、ニコレットののびやかな歌唱の魅力がよく似合っている。テッド・テンプルマンとヴァレリー・カーターがバック・コーラスで参加している。味わい深い一曲だ。

 「Can't Get Away From You」はローレン・ウッドによる楽曲で、例えばリンダ・ロンシュタットの「Poor Poor Pitiful Me」を彷彿とさせるようなハードなロックン・ロールに仕上がっている。痛快な味わいの一曲だ。リード・ギターはクレジットでは「?」と記されているのだが、宇田和弘氏のCD解説に依れば担当しているのはエディ・ヴァン・ヘイレンであるらしい。ヴァン・ヘイレンはテッド・テンプルマンのプロデュースによって1978年初頭にデビュー・アルバムが発表されたばかりの頃で、テンプルマンからのオファーがあっての客演だったのかもしれない。ヴァレリー・カーター、ローレン・ウッド、マイケル・マクドナルドがコーラスを担当している。

 「Mexican Divorce」はバート・バカラックの楽曲だ。ドリフターズのレパートリーだが、さまざまなシンガーが歌っており、特にウエスト・コースト・シーンではライ・クーダーが「Paradise and Lunch」で取り上げたものがよく知られている。アコースティック・ギターを中心にした演奏は軽快で爽快な中にセンチメンタルな味わいがあり、まさに「ウエスト・コースト・サウンド」の典型のようなサウンドに仕上がっている。ニコレットの歌唱も楽曲の良さによく似合い、聴き応え充分だ。テッド・テンプルマンとリンダ・ロンシュタットがコーラスで参加している。

 「Baby, Don't You Do It」は1960年代にモータウンで一時代を築いたホーランド=ドジャー=ホーランドのチームによる楽曲だ。マーヴィン・ゲイが1960年代にヒットさせたものだが、アイズレー・ブラザースやスティービー・ワンダー、スモール・フェイセス、ハンブル・パイといったミュージシャンたちもカヴァーしている。これもリトル・フィート風の躍動感たっぶりの演奏に乗って、ニコレットがR&B風に歌っている。バッキング・ヴォーカルはヴァレリー・カーター、パーカッションはテッド・テンプルマンだ。

 「Give A Little」はこのアルバムのレコーディング・セッションでキーボードを担当した、リトル・フィートのビル・ペインによる楽曲だ。後の「AOR」にも通じる、いわゆる「ソフト&メロウ」路線だが、ロック・ミュージックとしてのウエスト・コースト・サウンドのスタンスが守られているという印象だ。この楽曲でもテッド・テンプルマンとリンダ・ロンシュタットがコーラスを担当している。

 「Angels Rejoiced」はルーヴィン・ブラザースによるカントリー曲で、ハーブ・ペダーセンとのデュエットだ。ハーブ・ペダーセンは1960年代初期からナッシュビルで活動してきたカントリー・ミュージックのシンガー/ミュージシャンで、西海岸に移ってからグラム・パーソンズやリンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリス、クリス・クリストファーソンといった錚々たるミュージシャンたちとのセッション経験を持つ。彼が1975年に発表した初ソロ・アルバム「サウスウエスト」は隠れた名盤としてマニアックなファンには知られている。ペダーセンはこの曲の他にもアルバム中のいくつかの楽曲でギターを担当している。この曲はペダーセンとニコレットの奏でるギター、エミルー・ハリスのバンドのメンバーだったアルバート・リーによるマンドリンというシンプルな構成で、ペダーセンとニコレットが味わい深い歌声を聴かせる。ニコレットは素直にのびのびと歌っているが、ペダーセンの「胸を借りた」ようなところもあったかもしれない。アルバム中のひとつの「聴き所」と言っていい。

 「Frence Walts」はカナダのシンガー/ソングライター、アダム・ミッチェルによる楽曲で、1979年に発表された彼のアルバム「Redhead in Trouble」で自身も歌っているが、初出はこのアルバムでのニコレットの歌唱によるものだという。しっとりとしたカントリー・ワルツで、情感豊かで繊細なニコレットの歌唱が印象深い。ドゥービー・ブラザースのパット・シモンズがアコースティック・ギターで参加している。

 「Come Early Mornin'」はカントリー・ミュージックの著名なソングライター、ボブ・マクディルによる楽曲で、カントリー・シンガーのドン・ウィリアムスが1973年にヒットさせている。ハーブ・ペダーセンがギターとコーラスで加わり、さらにリンダ・ロンシュタットもコーラスに参加している。軽快なカントリー曲で、ニコレットは力むことなく自然にのびやかに歌っている。こうしたカントリー曲ではニコレットの歌唱は「水を得た魚」のようだ。一般的なポップス・ファンには地味に聞こえるかもしれないが、カントリー・ミュージック寄りのウエスト・コースト・ミュージックの好きな人には堪えられないものだろう。

 アルバム最後を飾る「Last In Love」はJ.D.サウザーとグレン・フライによる楽曲で、J.D.サウザー自身は1979年に発表したソロ・アルバム「You're Only Lonely」で歌っている。しっとりとしたバラードで、バンド演奏ではなく、ビル・ペインのピアノとストリングスをバックに歌っている。情感のこもったニコレットの歌唱は素晴らしく、彼女のシンガーとしての実力が如実に伝わる楽曲だ。

 アルバムに収録されているのは11曲、躍動感に富んだロック・ミュージックから軽快なカントリー、しっとりとしたバラードまで、多彩な構成で飽きさせない。どの曲もそのクオリティは素晴らしく、アルバム全体の完成度はたいへんに高く、充実したものになっている。

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 ニコレット・ラーソンの魅力は、彼女の素直で清楚でのびやかな印象の歌声にある。初々しく可愛らしく、溌剌として爽快で、しかし表情豊かで情感に富み、虚飾がなく外連がない。その歌唱は「ウエスト・コースト・ミュージック」というものの、ひとつの象徴だったと言ってもいい。テッド・テンプルマン自身も、そしてレコーディング・セッションのために集められたミュージシャンたちも、彼ら自身がニコレットの歌声に大きな魅力を感じていたのに違いない。このアルバムには、才能溢れる若い女性シンガーのもとに集った一流のミュージシャンたちがひとつの理想を目指して造り上げた音楽が刻み込まれている。それは彼らの信じた、いわゆる「ウエスト・コースト・ミュージック」というものの理想だったのではないか。

 時代はすでに変わりつつあり、都会的で洒脱でポップなサウンド・プロデュースが主流になってゆき、素朴で土の匂いのするカントリー・ロックは過去の物になりつつあった。ニューヨークとロンドンで吹き荒れるパンクの嵐は否応なくウエスト・コーストにも影響を与え、その一方で音楽産業は収益を生むヒット曲を欲した。ウエスト・コーストのミュージシャンたちも「時代の要請」というものを無視することはできなかったろう。当のテッド・テンプルマンでさえ、ニコレット・ラーソンのセカンド・アルバムでは微妙にポップ寄りにサウンド・プロデュースの方針を変化せざるを得なかったのだ。

 そのような時代の中で、いわば「古き良きウエスト・コースト・ミュージック」を体現したニコレット・ラーソンの歌声はウエスト・コーストのミュージシャンたちにとってひとつの福音のようであったかもしれない。彼女のもとに集い、彼女の魅力溢れる歌唱を中心に据えたウエスト・コースト・ミュージックを造り上げることは、テッド・テンプルマンにとってもビル・ペインにとっても、他のすべてのミュージシャンにとっても、ひとつの喜びだったろう。このアルバムの音楽は、自らが理想とする音楽の創造というものへの喜びに溢れている。彼らはニコレット・ラーソンの歌声の中に、ウエスト・コースト・ミュージックの未来を託そうとしていたのではないかとさえ、思えてくるのだ。このアルバムは、「古き良きウエスト・コースト・ミュージック」の終焉期に、まるで「有終の美」を飾るように生まれた作品のようにも思えてしまう。1970年代のウエスト・コースト・ミュージック・シーンが生んだ傑作中の傑作、名盤中の名盤である。