幻想音楽夜話
Silverhead
1.Long Legged Lisa
2.Underneath The Light
3.Ace Supreme
4.Johnny
5.In Your Eyes
6.Rolling With My Baby
7.Wounded Heart
8.Sold Me Down The River
9.Rock & Roll Band
10.Silver Boogie

Michael des Barres : vocals.
Nigel Harrison : bass guitar.
Stevie Forest : guitar & vocals.
Rod Rook Davies : guitar, acoustic guitar & vocals.
Pete Thompson : drums & assorted percussion.

Dave Caswell : trumpet Lyle Jenkins : Saxophone John Mumford : trombone
Produced by Martin Birch.
1972 Purple Records, Ltd.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1972年、「グラム・ロック」が全盛期を迎えていたロンドンから、「グラム」の香りをふりまいてひとつのバンドが誕生した。「シルヴァーヘッド」という。シルヴァーヘッドはヴォーカルのマイケル・デ・バレスを中心としたバンドで、マイケルのメンバー募集広告に応じて集まったミュージシャンたちによって1972年に結成され、同年のうちにデビュー・アルバムを完成、デビューに至っている。

 当時一世を風靡した「グラム」は、その音楽的特徴に対して用いられた「ジャンル名」ではない。その呼称は主としてミュージシャンたちの華美で虚飾めいた意匠やステージ・パフォーマンス、そしてそれらの醸し出す退廃的で背徳的なイメージに対して用いられた。そもそも明確な定義などあるわけもなく、さまざまなミュージシャンたちが「グラム」のもとに語られた時代だった。シルヴァーヘッドもまた、マイケル・デ・バレスの容姿のイメージなどから「グラム」の範疇として語られることになった。マイケル自身も「グラム」の退廃的で背徳的なイメージを自らの表現手段のひとつとして考えてもいたらしい。

 1972年に発表されたシルヴァーヘッドのデビュー・アルバムが日本で発売されたのはいつのことだったか正確には覚えていないが、1973年になってからのことだった気がする。「グラム・ロックの新人バンド」として紹介され、上半身裸で歌うステージ上のマイケルの姿が雑誌のグラビアを飾っていたような記憶がある。デビュー・アルバムから「エース・スプリーム」が日本でのデビュー・シングルとして発売されたが、一部のロック・ファンには好評だったものの、あまり大きなヒットにはならなかった。

節区切

 シルヴァーヘッドというバンドは、当時も、そしておそらく今も、「グラム」の名の下に語られることが多いだろう。しかし「グラム」の呼称のイメージに騙されてはいけない。その音楽は、実はまったく真っ当なロック・ミュージックである。ブギやブルースを基盤に持った、シンプルでラフでハードなロックン・ロール以外の何ものでもない。そのサウンドには、「グラム」の呼称から連想するような虚飾めいて艶やかな印象はまったくない。むしろ無骨で実直ですらある。その音楽は、マーク・ボランやグラム期のデヴィッド・ボウイなどより、むしろローリング・ストーンズや、あるいは第一期ジェフ・ベック・グループなどと同列に置かれるべきものであるような気がする。

 もちろん、シルヴァーヘッドの音楽がローリング・ストーンズや第一期ジェフ・ベック・グループと同等な、非常に優れた魅力あるロック・ミュージックであったというつもりはない。そうした「時代を代表した」バンドたちと比べれば、やはり「小粒な」感じは否めないし、オリジナリティの点から言っても「二番煎じ」的な部分も感じないわけではない。しかしだからと言ってシルヴァーヘッドの音楽が過小評価されてはなるまい。シルヴァーヘッドの音楽は1970年代前半当時の、ブルース系ハード・ロックの魅力的なエッセンスを内包している。重ねて言うが、「グラム」の形容に惑わされてはいけない。

 なによりソウルフルなマイケル・デ・バレスの歌声がいい。少しかすれた「ハスキーな」声を絞り出すようにして歌うマイケルの歌唱はなかなか味わい深い。それを支えるバンドの演奏も悪くない。ブギ調のハードなロックン・ロールのグルーヴ感もなかなか痛快だし、バラード系の楽曲でのギター・ソロも味わいがある。募集広告によって集まったメンバーによるバンドの、結成から間もない時期に録音されたアルバムであることを感じさせない。

節区切

 シルヴァーヘッドの音楽はブギを基調にしたハードなロックン・ロールが魅力的だが、アルバムはバラード曲も少なからず収録されていて、その音楽性の幅広さを垣間見せている。しかしやはり結成間もない新人バンドのデビュー・アルバムであるから、その完成度や「懐の深さ」という点では劣る部分もある。さらに言えば、オーソドックスなスタイルのロックン・ロールは「聴き慣れた」感じに繋がり、新鮮さという点でも、当時としても特筆するほどのものではなかった。

 しかし、考えてみれば、「新人」としてデビューした時から斬新なオリジナリティのもとに圧倒的な完成度を誇るアルバムを造り上げたバンドの方が特別な存在なのだ。ロック・ミュージックの隆盛と発展を支えたバンドたちの多くは、オーソドックスなスタイルの演奏の中にきらりと光る個性を輝かせて、その活動の中で自らの音楽性を高めていったのではなかったか。シルヴァーヘッドもまた、シーンを支えた数多くのバンドの中のひとつとして充分に魅力あるものだった気がする。

節区切

 シルヴァーヘッドが日本に紹介された時、「グラム」の形容とともに、アルバム収録曲の中の「エース・スプリーム」がシングルとして発売されたこともあってか、その少々ポップな曲調ばかりが印象に残り、シルヴァーヘッドというバンドの音楽性に先入観を抱いてしまった人も少なくなかったのではないだろうか。しかしアルバム全体を聴いてみると、彼らの音楽はなかなか「渋い」。「エース・スプリーム」の印象によって彼らをシングル・ヒット向きのポップな音楽性のバンドだと思った人もあったと思うが、むしろ彼らのスタイルはその対極にあり、ブルースやブギを基調にしたハードなロックン・ロールの中に自らの表現スタイルを見いだそうとしたものだった気がする。

 とは言うものの、やはり「エース・スプリーム」はとても魅力的な楽曲だろう。ポップでわかりやすい曲調の中に、当時のブルース系ブリティッシュ・ハード・ロックのエッセンスを詰め込んで痛快だった。当時「エース・スプリーム」は個人的に大好きな楽曲だった。なんとカッコいい曲だろうかと思ったものだった。ラジオ番組でオンエアされた「エース・スプリーム」をカセットに録音して、何度も何度も繰り返し聴いたことを憶えている。

 当時は「小遣い」をやりくりしながらLPレコードを購入する身だったから、残念ながらシルヴァーヘッドのデビュー・アルバムまでは「手がまわらなかった」。アルバム収録曲のいくつかはラジオ番組などで耳にする機会に恵まれたが、アルバムの全体像を耳にするのはすいぶん後になってからのことだった。ようやくシルヴァーヘッドのデビュー・アルバムを手に入れたぞ、という軽い昂奮の中で聴いたが、決して期待を裏切られることはなかった。少々オリジナリティに欠けようとも、全体的なスケール感に劣る点があるとしても、その音楽はかつて愛して止まなかったブリティッシュ・ハード・ロックそのものだったからだ。

 個人的な好みで言えば、アルバム収録曲中の白眉はやはり「Ace Supreme」だが、その前に収録された「Underneath The Light」のカッコよさも甲乙付けがたい。アコースティックな感じの「Johnny」でのマイケル・デ・バレスの歌唱も味わい深く、聞き込んでしまう。「Rock & Roll Band」から短い「Silver Boogie」と続くラストも痛快だ。アルバム全体の完成度や緊張感の持続という点で言えばやはり少々難があるが、それを補ってくれるほどの魅力がある。「傑作」とは言えないが、こうしたブリティッシュ・ハード・ロックの好きな人にとっては愛すべき佳品であるように思える。

節区切

 シルヴァーヘッドは常に「グラム」の形容のもとに語られ、その真っ当な音楽性が正当に評価される機会は少なかったのではないか。それを口にするロック・ファンも少なくはない。シルヴァーヘッドは残念ながら二枚のアルバムを残して解散してしまった。もしその音楽性が正当に評価され、支持され、その活動を持続させていたなら、彼らもまた1970年代ブリティッシュ・ロックを代表するバンドのひとつに成長していたかもしれない。そのような意見を目にすることもある。過ぎ去ってしまった歴史に「もしも」を差し挟むことは無粋なことだが、確かにそうであったかもしれないと思う。

 レッド・ツェッペリンやディープ・パープルやブラック・サバスのように、時代を代表するバンドではなかったのは確かだ。しかし、シルヴァーヘッドが当時のブリティッシュ・ロックの最良の部分のエッセンスを携えていたバンドであったことは間違いないだろう。言葉は悪いが、いわゆる「B級バンド」として、充分に魅力的なロック・バンドだった。それを知らしめてくれるデビュー・アルバムである。

 例えば、ラジオ番組やどこかのお店のBGMとして、往年のブリティッシュ・ハード・ロックらしい音楽が聞こえてきたとする。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルではない。聞き覚えのない歌と演奏だ。しかし、いかにも1970年代ブリティッシュ・ロック風のサウンドが魅力的で、いったいなんというバンドなのだろうかと思う。もしそうした場面があったなら、それはあなたがまだ聴いたことのないシルヴァーヘッドの音楽であるかもしれない。