幻想音楽夜話
Wednesday Morning, 3AM / Simon & Garfunkel
1.You Can Tell The World
2.Last Night I Had The Strangest Dream
3.Bleecker Street
4.Sparrow
5.Benedictus
6.The Sounds Of Silence
7.He Was My Brother
8.Peggy-O
9.Go Tell It On The Mountain
10.The Sun Is Burning
11.The Times They Are A-Changin'
12.Wednesday Morning, 3A.M.

Produced by Tom Wilson
1964
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 サイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバムが発表されたのが1964年のことだということを改めて知って、少しばかり新鮮な驚きがあった。記憶の中に勘違いがあって、もう少し後の1966年頃だったような気がしていたからだ。もちろんこの頃、すなわち1960年代というのは個人的にはまだ「子ども」と言うべき年齢だったし、こうした音楽に特に興味もなく、サイモン&ガーファンクルも、ビートルズでさえ、よくは知らなかった。自分で積極的に音楽を聞くようになった頃には、すでにサイモン&ガーファンクルは「解散」していて、ソロになったポール・サイモンの楽曲がヒット・チャートを賑わせていた。だからサイモン&ガーファンクルの音楽というものを、すべて「後追い」で聞いたのだが、決して「過去の」音楽を聞いているという気はしなかった。少なくとも1970年代あたりまで、サイモン&ガーファンクルの音楽というものは立派に「現役」の音楽として当時の洋楽ファンに支持されていたものだったように思う。当時のラジオ番組などでもよくオンエアされて耳にしたものだ。少なくとも当時の一般的な「洋楽」のファンにとって、サイモン&ガーファンクルの音楽というものは、ビートルズなどと同様に、知っていて当然の、「基本的」なものであったようにも思える。1960年代後半から1970年代初頭にかけて、サイモン&ガーファンクルというフォーク・デュオは、それほどの人気があった。

節区切

 しかし、サイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバムはほとんど注目されることもなく、売れなかったという。1964年と言えばビートルズがデビューした直後のことで、イギリスでの熱狂的な人気がいよいよアメリカに飛び火しようとしていた頃だ。「リヴァプール・サウンド」が一世を風靡し、世の中はいよいよ「ロック」の時代を迎えようとしていた。その中にあって、フォーク・ギターを携えて何やら内省的な歌を聞かせるフォーク・デュオが注目されなかったのは無理もなかったろう。

 サイモン&ガーファンクルというフォーク・デュオのことをよく知らなくても、「サウンド・オヴ・サイレンス」という楽曲なら聞いたことがある、知っている、という人もあるだろう。「サウンド・オヴ・サイレンス」という楽曲はサイモン&ガーファンクルの代表曲のひとつであるだけでなく、すでになかばスタンダード化した楽曲のひとつと言ってもいいほどの有名曲だ。その「サウンド・オヴ・サイレンス」が、このサイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバムに収録されている。しかし、このアルバムに収録された「サウンド・オヴ・サイレンス」を耳にして、自分の知っている「サウンド・オヴ・サイレンス」とは少し違うと感じる人も多いのではないか。

 たいていの人たちにとって、「サウンド・オヴ・サイレンス」はドラムスやエレクトリック・ギターなどを加えた演奏をバックに歌われるフォーク・ロック調のものではないだろうか。大ヒット曲となり、サイモン&ガーファンクルの名をシーンに知らしめ、後世に残る名曲として知られる「サウンド・オヴ・サイレンス」は、そのヴァージョンのものだからだ。このアルバムに収録された「サウンド・オヴ・サイレンス」は、それではない。このアルバムに収録されているのは、エレクトリック・ギターなどの演奏が加えられる前の、ポール・サイモンの演奏するフォーク・ギターをバックに歌われるヴァージョンだ。「加えられる前の」と書いたが、実際に「加えられた」のだという。大ヒット曲となった「フォーク・ロック」調の「サウンド・オヴ・サイレンス」は、このアルバムに収録された、いわば「アコースティック・ヴァージョン」のものにさらにエレクトリック・ギターの演奏などを加えて造られたものであるらしい。目的は言うまでもない。そうすれば「売れる」という判断があったからだろう。そして売れた。大ヒット曲になった。そうして結果的にはサイモン&ガーファンクルの名を一気にシーンに知らしめることになった。蛇足だが、フォーク・ロック調に造り直された「サウンド・オヴ・サイレンス」を収録したセカンド・アルバムの発売が1966年だから、そのあたりで個人的な勘違いが生じたのだろう。

 フォーク・ロック調に設えられた「サウンド・オヴ・サイレンス」も、それはそれで素晴らしいものだが、しかし中には、特にサイモン&ガーファンクルのマニアックなファンの一部などには、そうした造られ方をした「サウンド・オヴ・サイレンス」を「良し」としない人々もいる。フォーク・ロック調の「サウンド・オヴ・サイレンス」はサイモン&ガーファンクル自身の意向とは関わりのないところで造られたものであるらしく、そうしたところがファンにとっては認め難いものであるのかもしれない。そして何より、このアルバムに収録されたオリジナルの「サウンド・オヴ・サイレンス」を聞いてこそ、この楽曲の本来の魅力がわかるのだという意見がある。それはある意味で正しい。

 大ヒットした「サウンド・オヴ・サイレンス」がフォーク・ロック調だったからか、サイモン&ガーファンクルがデビュー時からフォーク・ロックをやっていたのだと思っている人もあるのではないだろうか。そうではない。少なくとも彼らはまったく「ロック」とは無縁のフォーク・ミュージックのデュオとして出発している。やがてポール・サイモンは貪欲と言ってよいほどに自らの音楽の中にさまざまな音楽の要素を取り込んでゆくのだが、少なくともデビュー・アルバムに於いて聞けるのは、当時の「フォーク・ミュージック」以外の何ものでもない。そしてアコースティック・ギターの演奏に乗った彼らの歌声と、その楽曲の素晴らしさそのものに惹かれる人たちにとって、このデビュー・アルバムは若い彼らの無垢な音楽をつなぎ止めた特別な作品であるかもしれない。

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 サイモン&ガーファンクルというのは、ポール・サイモンとアート・ガーファンクルのふたりによるフォーク・デュオで、ふたりは小学校時代に出会ったのだという。サイモン&ガーファンクルという名で活動を始める以前、16才の頃には「トム&ジェリー」という名でシングル盤を発表したこともあるらしいが、ほとんど注目されることもなく、成功を手に入れることはなかった。やがて1964年になって、CBSのプロデューサー、トム・ウィルソンに認められ、チャンスを掴むことになるのだが、そのあたりの経緯は、より詳しく書かれた他の書籍などに譲ろう。

 そうして1964年に発売されたサイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバムが、本作である。タイトルを「Wednesday Morning, 3AM」という。日本語タイトルはそれをそのまま訳して「水曜の朝、午前三時」というものだった。このタイトルはアルバムの最後に収録された楽曲のタイトルでもある。「Wednesday Morning, 3AM」、何とも良いタイトルではないか。「水曜の朝、午前三時」という日本語での響きもいい。

 アルバムに収録されている楽曲は12曲、ポールの自作曲は5曲に過ぎず、他はトラディショナル・ソングなどを歌っている。ボブ・ディランの「The Times They Are A-Changin'(時代は変わる)」を取り上げているのも興味深いところか。サイモン&ガーファンクルとしてデビューする直前の時期、彼らはジョーン・バエズなどの「フォーク」に傾倒していたらしいが、そうした彼らの音楽的基盤を如実に物語るものであるような気がする。

 サイモン&ガーファンクルというフォーク・デュオの魅力が、ポール・サイモンの書く楽曲の魅力に負うところが大きいのも事実だが、こうして自作曲とトラディショナル・ソング、他のフォーク・シンガーの楽曲などを取り混ぜて、一枚のアルバムの中で聞くと、彼らの歌唱そのものにこそ、まず大きな魅力があったのだということに改めて気づく。ポール・サイモンの、どちらかと言えば直截に語りかけるような歌唱と、アート・ガーファンクルの澄み渡った美しい歌声の融合の中に、彼らの歌声の魅力がある。そのことに今さらながらに気づかされる。そしてそれを支えるポール・サイモンのギター演奏もとてもいい。彼はギターの演奏技術に長けた人だが、フォーク・ギターを時に荒々しくかき鳴らし、時に繊細につま弾いて創造する音楽の素晴らしさもまた、彼らの魅力のひとつと言っていいだろう。

 アルバム収録曲中、ポール・サイモンの自作曲は「Bleecker Street(霧のブリーカー街)」、「Sparrow(すずめ)」、「The Sounds Of Silence」、「He Was My Brother(私の兄弟)」、「Wednesday Morning, 3 A.M.」の5曲、「サウンド・オヴ・サイレンス」は有名曲だが、一般に知られているのがエレクトリック・ギターなどの演奏を加えたフォーク・ロック・ヴァージョンの方であることを考えれば、彼らの「代表曲」として知られるような楽曲は収録されていない。しかしすでにこの頃から、ポールの作詞作曲の能力は卓越したものがある。

 特に「The Sounds Of Silence」と「Wednesday Morning, 3 A.M.」の2曲は群を抜く。「The Sounds Of Silence」というタイトルはそのまま日本語に訳せば「静寂の音」となるわけで、なかなか抽象的で象徴的な言葉だが、歌詞の方も象徴的で抽象的、なかなか難解と言ってもいい。一般には人と人のコミュニケーションの難しさ、不毛さを歌っていると言われているし、確かにそのような解釈が最も相応しいように思えるが、聴き手のそれぞれにさまざまな解釈が許されるべきものだろう。「Wednesday Morning, 3 A.M.」は、夜明け前のひとときに傍らに眠る恋人の姿を見つめながら、僅かな金のために強盗を働いてしまった自分の罪を悔いるといった内容の歌詞で、美しいメロディや歌唱、ギターの響きから受ける印象とはまるで違ったテーマを持った楽曲だ。こうしたテーマが、何とも美しいメロディに乗せて、抑制された歌唱によって歌われることによって、悲哀のようなものが倍加して聴き手に届く気がする。

 ポール・サイモンの歌詞をよりよく理解するためには当時のアメリカが抱えていた、人種差別などのさまざまな問題への理解が必要であるかもしれない。そうした背景を知れば、例えば「Wednesday Morning, 3 A.M.」に歌われる「主人公」の、歌詞に描かれていない、生い立ちや貧困といったものにも理解が及び、楽曲の意味はさらに深く届くことになるのではないか。ポール・サイモンの楽曲を通して、1960年代のアメリカが抱えていた社会的病巣のようなものにも興味を覚えることがあれば、それも彼らの音楽のひとつの聴き方であるかもしれないと思う。

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 サイモン&ガーファンクルの音楽には、純粋で無垢な魅力がある。自らが歌うべきと信じる歌を歌うのだ、という潔さがある。他の音楽はそうではないというつもりはないが、しかしやはり音楽産業の構造の中で「商品」としての性格を併せ持つ以上、音楽には「売れなくてはならない」という命題がつきまとう。しかし、サイモン&ガーファンクルの、少なくともこのデビュー・アルバムに関して、そうした「商品としての音楽」という性格をほとんど感じることがない。そこには彼らの表現者としての純粋な思いがあるだけだ。そしてそれが、聴く者の心を打つ。完成された「音楽作品」としての普遍性を身につける以前の、「この想いを誰かに伝えなくてはならない」という、静かな信念に基づいて造られた音楽の生々しさのようなものを、彼らのアルバム中でもっともはっきりと感じることのできるのが、このデビュー・アルバムであるかもしれない。