幻想音楽夜話
Emerson, Lake & Palmer
1.The Barbarian
2.Take A Pebble
3.Knife-Edge
4.The Three Fates
a.Clotho(Royal Festival Hall Organ)
b.Lachesis(Piano Solo)
c.Atropos(Piano Solo)
5.Tank
6.Lucky Man

Keith Emerson - keyboards.
Greg Lake - bass, guitar & vocals.
Carl Palmer - drums & percussions.

Engineer: Eddie Offord
Production: Greg Lake
1971 Atlantic Recording Corporation
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1960年代の後半にその萌芽を迎えた「プログレッシヴ・ロック」は、1970年代に入って一気に隆盛の時代を迎えた観がある。衝撃的デビューを果たしたキング・クリムゾン、シンフォニックなサウンドの構築によって成功したイエス、さまざまな実験的手法によって独自の世界を築いたピンク・フロイドなどがその筆頭に挙げられるだろう。1973年から1974年頃にかけての時期にはそうしたグループが成熟の域に達し、さらに多くの「プログレッシヴ・ロック」のバンドが登場して人気を得ていた。「プログレッシヴ・ロック」は「ハード・ロック」と共に当時のブリティッシュ・ロック・シーンを代表する二大潮流だったと言ってよいだろう。

 そうした中にあって圧倒的な人気を誇ってシーンに君臨した三人編成のバンドがあった。エマーソン・レイク&パーマーである。エマーソン・レイク&パーマー、通称「EL&P」と呼ばれるこのグループは、1960年代後半にナイスとして活動していたキース・エマーソンとキング・クリムゾンの初期メンバーであったグレッグ・レイク、そしてアトミック・ルースターのメンバーとしての経験を持つカール・パーマーの三人によって結成されたグループだった。

 1970年代初頭からすでに三十年近くを経た現在では、EL&Pはその知名度、評価ともにあまり高いものではないようにも思える。しかし、EL&Pが「プログレッシヴ・ロック」のみならず、ロック・ミュージックを代表するグループとしてシーンの頂点にいた時代が確かにあった。日本の音楽雑誌の主宰する読者人気投票で、数々の「大物」グループを抑えてEL&Pがグループ部門トップの座を獲得した時代が、確かにあったのだ。グループ名をそのまま作品名とした「Emerson, Lake & Palmer」は、そうした彼らのデビュー作であり、ロック・ミュージックに新たな地平を開いた記念すべき作品だった。

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 EL&Pはそのデビューそのものが充分に衝撃的なものだったと言ってよいだろう。彼らのデビューは、いわゆる「新人ミュージシャン」のデビューとは一線を画していた。ナイス、キング・クリムゾン、アトミック・ルースターという彼らの経歴は、デビュー時から彼らの音楽への期待を抱かせるのに充分なものだった。プロのミュージシャンを夢見る若者たちのバンドがようやくチャンスを掴んでデビューに至った、というものとは、その背景からまったく異なったものだったのだ。

 特にナイスの活動の中でロック・ミュージックとジャズとクラシックとの融合を試みてきたキース・エマーソンと、キング・クリムゾンのデビュー作によってその才能を世に示していたグレッグ・レイクとによるバンドの結成は、否が応でも期待せずにはいられないものだった。そのふたりをアトミック・ルースター出身のカール・パーマーが支える。彼らはまるで予め成功を約束されていたかのようだった。

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 トリオ編成のEL&Pは、ギタリスト不在である点が最も大きな特徴だった。ロック・ミュージックは、チャック・ベリーの時代に遡るまでもなく、基本的にギター・ミュージックだった。ビートルズもローリング・ストーンズもその演奏の中心に据えられているのはギターだったし、クリームやレッド・ツェッペリンなどに至ってはエレクトリック・ギターによる演奏そのものが彼らの音楽の本質的な在り方を示していたものだった。それはそのままロック・ミュージックがロック・ミュージックたる証左のようなものでさえあった。そのギターを奏でるメンバーが、EL&Pにはいなかった。楽曲によってはグレッグ・レイクがギターを担当する場合もあったが、補佐的に使用されているに過ぎなかった。彼らの音楽の中心はあくまでキース・エマーソンの操るキーボード群であり、その演奏そのものが彼らの音楽のアイデンティティだったのだ。

 もちろんEL&P登場以前にもギタリスト不在のバンドはあった。その意味では「ギタリスト不在」という点のみを持って革新的というべきではない。しかしギターがロック・ミュージックを象徴する楽器として見なされている状況の中にあって、「ギタリスト不在」のバンドの多くは「ギタリスト不在」であることを消化しきれていないことが多かったように思える。それらのバンドに比して、EL&Pの音楽は純然たるロック・ミュージックとしてのイディオムを内包して圧倒的な完成度を誇った。キース・エマーソンの操るキーボード群が、あたかも「ハード・ロック」に於けるギターのような役目を持ち、アグレッシヴなロック・ミュージックを現出することに成功しているのだ。

 当時も、そして今もなお「プログレッシヴ・ロック」の文脈の中で語られ、確かに「プログレッシヴ・ロック」のトップ・グループのひとつとして後のロック・ミュージックに多大な影響を与えたEL&Pだが、その音楽の本質的魅力は必ずしも「革新的」であったり「前衛的」であることにあるのではない。ギタリスト不在の三人編成によるバンドが、その音の構築の中心にピアノやオルガンやシンセサイザーを据えて、三人のみで演奏しているとは思えない音の厚みをもって、攻撃的で痛快な、いわゆる「かっこいい」音楽を現出して見せたことにこそ、その魅力はあった。だからこそ、当時EL&Pはロック・シーンの頂点に君臨するバンドとしての評価と人気を得たのだ。

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 彼らの攻撃的で痛快な「かっこいい」ロック・ミュージックは、このデビュー・アルバムの冒頭に収録された「The Barbarian」から一気に展開されてゆく。低く唸るイントロ部分から一気にたたみかけるように繰り広げられるオルガンの演奏はEL&Pの音楽の象徴であり、その魅力を凝縮したものだと言ってよいだろう。二曲目に収録された「Take A Pebble」はEL&Pの代表曲のひとつに数えてもよいだろう。グレッグ・レイクのペンによるこの曲は彼の叙情的な歌唱も魅力だが、クラシックからジャズまでのさまざまな音楽手法を内包して展開する奥行きの深さが素晴らしい。三曲目の「Knife-Edge」はEL&P流の「ハード・ロック」と言い切っても差し支えあるまい。グレッグの歌唱とキースのオルガンの絡みは「ハード・ロック」に於けるヴォーカリストとリード・ギタリストとのそれを思わせるものがあり、とても痛快な楽曲に仕上がっている。

 四曲目の「The Three Fates」は三部構成となった楽曲で、キース・エマーソンの演奏を充分に堪能できる一曲だ。続く「Tank」はいわゆる「ジャズ・ロック」風の感触で、グレッグのベース・プレイが小気味よく、カールのドラム・ソロも楽しめる楽曲だ。終盤、キースの演奏するムーグが縦横無尽に飛び交うあたりがなんとも痛快だ。最後に収録されているのはEL&Pの叙情的な魅力を象徴する「Lucky Man」。繊細で美しい演奏をバックに歌うグレッグ・レイクの歌声が素晴らしい。意味深い歌詞も魅力だ。やがて曲も終わりに近づいた頃、低く唸りながら現れるムーグが一気に舞い上がる。キースの奏でるムーグのフレーズはこの楽曲のテーマとは微妙に食い違い、その違和感がかえって魅力となって独特の世界を現出している。リリカルで繊細な演奏に被さる非現実的な電子音、これもまたEL&Pの音楽の魅力のひとつと言えるだろう。

 キース・エマーソンの演奏を中心に据えたEL&Pの音楽は、総じて人工的で非現実的な感触を持っている。キース・エマーソンの奏でるキーボード群の音色は、シンセサイザーはもちろんピアノでさえも、どこかそうした印象を与えるものだ。その一方で、グレッグ・レイクの歌唱と彼による楽曲は叙情的で夢想的な魅力に溢れている。EL&Pの音楽の魅力のひとつには、そうしたふたりの音楽性の対比にもあった。「動」のキース・エマーソンと「静」のグレッグ・レイクとの対比の妙と言うこともできるだろう。

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 このEL&Pのデビュー・アルバムは、その半数がインストゥルメンタル曲によって構成されている。「The Barbarian」、「The Three Fates」、そして「Tank」の三曲がヴォーカル無しの演奏のみの楽曲である。さらに「Take A Pebble」や「Knife-Edge」はヴォーカル・パートを含んでいながらも演奏部分の重要性は高い。グレッグ・レイクの歌唱を中心に据え、その魅力に依っている楽曲はわずかに「Lucky Man」のみに過ぎない。ヴォーカル部分を含まないインストゥルメンタル曲というのはロック・ミュージックの分野に於いても決して珍しいものではないが、その演奏の中にクラシックやジャズのエッセンスを取り込み、それらを総括的にロック・ミュージックとして昇華し、その演奏自体の魅力によって聴衆を魅了するスタイルは特筆すべきものだったと言えるだろう。

 彼らの音楽は各メンバーのテクニックに裏付けられた演奏そのものが魅力の音楽だった。彼らの音楽は当時も今も「プログレッシヴ・ロック」の文脈の中に語られてはいるが、在り方としてはライヴで本領を発揮するシンプルな「ロック・バンド」そのものだったと言ってよいだろう。ただその音楽がシンプルなロックン・ロールではなく、多様な音楽性を内包し、電子楽器を大々的に使用した先鋭的なものだったということだ。彼らの音楽は、各メンバーの音楽的素養と演奏技術によって、聴衆が「ロック・バンド」に対して抱くイメージを軽々と超えて縦横無尽に展開されてゆく。その演奏は「次に何が出てくるかわからない」とでも言うような魅力を聴衆に与えた。当時のファンの多くは彼らの音楽そのものの魅力もさることながら、彼らのそうした「演奏」を愉しんでいたのではなかったか。

 そうした彼らの音楽の在り方は後のロック・ミュージックに大きな影響を与えたと言ってよい。彼らがロック・シーンで絶大な人気を誇っていた頃、キーボードを中心にした器楽演奏主体の、いわば「EL&Pフォロワー」とでも言うべきグループも少なからずデビューしたのだった。そうした音楽の在り方は、しかし一方で「テクニック至上主義」のようなものへと、ロック・ミュージックを向かわせてしまったものだったかもしれなかった。「テクニック至上主義」はロック・ミュージックの持っていた原初的な衝動性を失わせるに至り、やがて「パンク」の台頭によってその存在意義を失い、「プログレッシヴ・ロック」もその終焉を迎えたのだ。EL&Pとその音楽を、そうした時代の流れの中で否定することは妥当ではあるまい。しかし、EL&Pのデビューとその隆盛、そしてまるで行く先を見失ったかのように失速してゆく様は、1970年代のロック・シーンの中で「プログレッシヴ・ロック」というスタイルのロック・ミュージックが辿った道程と見事に合致するのである。

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 デビューの後、いくつかの優れた作品を発表してゆくEL&Pだが、1970年代の後半になって「パンク」の台頭と「プログレッシヴ・ロック」の衰退に呼応するように急速に勢いを無くしてしまう。それを「時代」の中でのロック・ミュージック自体の変遷という点に帰結させることはたやすい。しかし、それはただそれだけのことだっただろうか。

 今にして思えば、EL&Pの音楽は彼らの結成とデビューの時点で既に完成されていた観が強い。バンドとしての活動の歴史の中で多様な音楽性を育み、次第にその高みへと登っていったというのではないように思える。キース・エマーソンもグレッグ・レイクも、このバンドを結成した時点で、すでに自らが成す音楽の全体像が見えていたのではないか。後に発表される作品群はすべてそのヴィジョンの内から創出されたものであり、このデビュー・アルバムはその一部が披露されたに過ぎない。そしてEL&Pとして成すべきことが終わった時、バンドとしての「旬」の時代も終わったのだ。もちろん本人たちの意識の中にそのようなことがあったとは思えないが、すでに三十年近くを経た今、彼らの音楽と経緯を俯瞰する時、そんなこともぼんやりと考えてしまうのだ。

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 「プログレッシヴ・ロック」の隆盛期にロック・シーンを席巻したEL&Pは、まさに時代の寵児だった。当時はまだまだ珍しかったシンセサイザーを積極的に使用していたのもそれを象徴しているだろう。当時のシンセサイザーは単音しか出すことはできず、その単音も音程は不安定で、しかも操作は煩雑、さらに非常に高価なものだった。楽器としては未だ発展途上の代物だったと言ってよいだろう。しかし、その非現実的な電子音はEL&Pの音楽の象徴のひとつでもあった。「楽器」というよりは「機械」のようなシンセサイザーと格闘するように、キース・エマーソンは自らの音楽を創造した。ステージではオルガンの上に飛び乗り、鍵盤にナイフを突き立てるといったパフォーマンスで聴衆を煽った。

 しかしEL&Pのそうした在り方は「プログレッシヴ・ロック」としては表層的で深みに欠けるという印象を与えることもあった。他の「プログレッシヴ・ロック」の音楽の多くが幻想的で神秘的な音像の中に哲学的な思索の深みを感じさせたのに対して、EL&Pの音楽はあまりに体感的で扇情的な感触を伴っていたのだ。後に「プログレッシヴ・ロック」が歴史の中で再評価される時代になって、その中で何故かEL&Pの評価が芳しくないのはそうしたことが一因になっているのかもしれない。

 誤解を恐れずに言えば、EL&Pの音楽はいわゆる「プログレッシヴ・ロック」と呼ぶべきではないのかもしれない。当時は充分にプログレッシヴなロック・ミュージックではあったが、「プログレッシヴ・ロック」というジャンルとその名が歴史の中に沈殿し、当時とは異なるイメージを与えるようになってしまった現在では、EL&Pを「プログレッシヴ・ロック」と呼ぶことは彼らの音楽に対して徒に誤解を招くことであるかもしれないと思えるのだ。

 EL&Pの音楽はアグレッシヴな演奏のダイナミズムが魅力の音楽だ。それはロック・ミュージックというものが根元的に持っている魅力に他ならない。敢えて言うなら、EL&Pの音楽は多様な音楽性と先鋭性を纏った「ハード・ロック」だったのだ。このデビュー・アルバムには、そうしたEL&Pの魅力のすべてが詰まっている。この作品を大音量で聴いてみるといい。彼ら三人の繰り広げる演奏の何と痛快であることか。唸りをあげるムーグの現実から剥離したような電子音の何と痛快であることだろうか。その痛快さこそ、EL&Pの音楽の魅力なのだ。