幻想音楽夜話
Still / Pete Sinfield
1.The Song Of The Sea Goat
2.Under The Sky
3.Will It Be You
4.Wholefood Boogie
5.Still
6.Envelopes Of Yesterday
7.The Piper
8.A House Of Hopes And Dreams
9.The Night People

All Lyrics by Peter Sinfield

Produced by Pete Sinfield
1973 Leadclass Ltd.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれるスタイルのロック・ミュージックを愛する人なら、おそらくピート・シンフィールドの名を知らない人はいないのではないか。ピート・シンフィールドはキング・クリムゾンのオリジナル・メンバーとして名を連ね、彼らの初期の作品群に歌詞を提供してきた。その意味深く美しい詩世界は、音楽を形作る上で非常に重要な要素となり、音楽そのものに思索的な深さを与えている。ロック史上に残る傑作「クリムゾン・キングの宮殿」に於いて、そのクレジットでピート・シンフィールドの欄に「words & illumination」と記されていたことは、彼の詩と思想性が彼らの音楽にとってどれほど重要なものだったかを示すものであるかもしれない。彼の詩のファンだという「プログレッシヴ・ロック」のファンは少なくないだろう。

 ピート・シンフィールドは楽器も操るようだが、基本的に「音楽家」ではなく「詩人」であり、「演奏者」や「歌手」ではなく「作詞家」である。キング・クリムゾンをはじめ、だから彼はさまざまなアーティストの「裏方」のような立場で歌詞の提供とプロデュースなどにその活動の場を求めてきた。キング・クリムゾンでの盟友グレック・レイクがEL&Pを結成した後には、彼らとも活動を共にする時期があったようで、その繋がりからイタリアのバンド「PFM」の世界デビューに当たって英語詞を提供したことは、「プログレッシヴ・ロック」のファンなら知らない者はないだろう。

 そのようなピート・シンフィールドだから、彼の残したソロ・アルバム「Still」は、「プログレッシヴ・ロック」を愛するファンにとっては宝物のような作品と言えるのではないか。「Still」はEL&Pが設立した「マンティコア」レーベルから1973年に発表されたアルバムで、あれから30年を経た現在となってもピート・シンフィールドのソロ名義による作品はこれしかない。「Still」は長くCD化されなかったのだが、1993年にイギリスのヴォイスプリントから「Stillusion」と改題され、曲順も変更された状態でCD化されたことがある。2曲の未発表曲が収録されていたことがファンを喜ばせてくれたが、やはりオリジナルの「Still」のCD復刻を望む声は多かった。そのオリジナル「Still」が日本でCD化されたのは1999年のことだった。世界初CD化、20bitデジタル・リマスタリング、オリジナルLPを再現した見開きの紙ジャケットという仕様がファンを喜ばせてくれたものだった。

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 ピート・シンフィールドの唯一のソロ・アルバム「Still」の制作にあたっては、当時の友人たちがサポートを惜しまなかったようだ。特にグレッグ・レイクとメル・コリンズのふたりは「Associate Production」として名を連ね、演奏の面でも多大な貢献を果たしている。その他にもさまざまなミュージシャンが参加しており、その中にはキース・ティペットやジョン・ウェットンの名もあり、当時のピート・シンフィールドの人脈を物語っている。

 ピート・シンフィールドはこの作品に於いて、当然のことながらすべての楽曲の歌詞を書き、作曲に於いても共作として名を連ねている。ピート・シンフィールドによる作詞作曲の楽曲もある。演奏面ではヴォーカルをこなし、12弦のアコースティック・ギターとシンセサイザーを演奏している旨が記されている。ピート・シンフィールドは決して巧みな歌唱を聴かせてくれる人ではない。いや「下手」と言った方がよいかもしれない。しかしその素朴な歌唱にはなかなか味がある。少しばかり朴訥とした歌い方は穏やかで真摯な印象がある。

 この作品は、詩作によって名を成したピート・シンフィールドが、シンガーとしての、あるいはミュージシャンとしての隠された才能を惜しみなく発揮した、というような性格のものではない。あくまで「詩人」、「作詞家」としてのピート・シンフィールドが、多くのミュージシャン仲間たちのサポートを受けて自分自身の音楽世界を造り上げたものと考えていいのだろう。

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 アルバムの収録曲は、意外にさまざまな曲調のものがあって飽きさせない。もちろんピート・シンフィールドの詩世界をそのまま音に置き換えたような夢想的な音楽世界が中心になってはいるが、その他にも軽やかなポップ・ソング風のものがあったり、ブラスを多用したダイナミックな楽曲なども含まれている。

 冒頭の「The Song Of The Sea Goat」は、ピート・シンフィールドの詩世界を愛するプログレッシヴ・ロック・ファンには感涙ものの楽曲だろう。静寂の中から徐々に音像が浮かび上がってくるようなイントロから惹きつけられる。薄靄の中に霞むような印象の中に繊細で美しい音楽世界が広がる。メル・コリンズの奏でるフルートの音色も素晴らしい。ピアノの演奏でキース・ティペットが参加している。6分を少し超えるほどの演奏時間の楽曲だが、聴き入ってしまって長さを感じない。ヴィヴァルディの旋律をモチーフとした楽曲で、作曲者としてヴィヴァルディの名も記されている。

 「Under The Sky」は初期キング・クリムゾンの面影を感じる楽曲だ。抑制されたジャズ・ロック風の演奏に、少しエコーがかかったヴォーカルが夢想的で美しい。この楽曲でもフルートの演奏が重要な役割を担って音楽世界を彩っている。幻想的な楽曲だ。この楽曲はキング・クリムゾンの前身である「ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ」時代に書かれた楽曲であるらしく、「ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ」によるヴァージョンも残っているようだ。

 「Will It Be You」はスライド・ギターなども使用したカントリー・ミュージック風の楽曲で、少々意外な感じがして驚く。軽やかでポップな楽曲だが、アルバム全体に共通する色彩は貫かれており、違和感は感じない。アルバム構成のアクセントにもなっていて、なかなか味わいのある佳曲だ。

 「Wholefood Boogie」は少しハードなエレクトリック・ギターの演奏から始まるロックン・ロールだ。軽やかにロールするピアノ演奏に乗った少々ヒステリックな印象の歌声も面白い。この楽曲ではグレッグ・レイクがバック・ヴォーカルを務めている。

 「Still」はアルバムのタイトル曲だ。LP時代にはA面の最後を飾った。儚げで美しい演奏に乗って、ピート・シンフィールドによる詩の「朗読」から始まる。エコーを施した声は霧の向こうから聞こえてくるようで幻想的だ。やがて詩がメロディーに乗ると、ピートと共にリード・ヴォーカルを務めるグレッグ・レイクの歌声が聞こえてくる。そして再び静寂、そしてまた旋律の響き。朴訥としたピート・シンフィールドの「朗読」と朗々としたグレッグ・レイクの歌唱との対比も良い味わいを醸し出している。まさにこのアルバム作品を代表する楽曲、素晴らしい。

 遠くから聞こえてくるのは獣の声だろうか。それとも鳥の声だろうか。「Envelopes Of Yesterday」はそのような効果音から始まる。少々クラシカルな印象も漂い、繊細な美しさを湛える楽曲だが、終盤ではエッジの効いたエレクトリック・ギターの演奏がアクセントを添える。

 「The Piper」はアコースティックで牧歌的な印象の楽曲だ。歌うというより語りかけるようなピートの歌声の向こうで微かにフルートが響くあたりはなかなか夢想的な雰囲気があって、短い楽曲だが印象に残る。

 「A House Of Hopes And Dreams」も静かな美しさを湛える楽曲だが、エンディングではブラス演奏を加えてジャズ・ロック風に展開するあたりが面白い。この楽曲でエレクトリック・ギターを演奏するのはグレッグ・レイクであるようだ。「Envelopes Of Yesterday」から「The Piper」、そしてこの「A House Of Hopes And Dreams」までの3曲はピート・シンフィールドの作詞作曲による。

 「The Night People」は夢想的な印象から始まり、途中からブラスの演奏を大々的に加えてダイナミックに展開する。ブラスの演奏が被さるときの力強さと、それ以外のときの繊細さとの対比も面白い。エンディングではフリー・ジャズ風に展開し、少々ヒステリックな雰囲気も漂う楽曲だ。

 アルバム作品全体を俯瞰してみれば、やはり時代性というのか、当時の「プログレッシヴ・ロック」のイディオムに彩られていることがわかる。特にキング・クリムゾン人脈の音楽性は色濃く影響を与えているように思える。グレッグ・レイクの歌唱やメル・コリンズの奏でるフルートなどは、この作品に於いて非常に重要な位置にあるだろう。しかしだからこそ、当時の「プログレッシヴ・ロック」を愛するファンにとって宝物のように輝く作品なのではないか。

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 当時のピート・シンフィールドの音楽世界の魅力は、その夢想的で繊細な美しさの中にあった。霧の中に浮かび上がる幻想のような音像、追憶のように儚い心象風景、そのような印象がファンを魅了する。この作品はまさにそうした彼の音楽世界を形にしたものだと言えるだろう。アルバム中には少しばかり趣を異にする楽曲も含まれているが、全体としてはひとつの色彩に統一されて散漫な印象はない。このアルバムはまた、ジャケットのアート・ワークも素晴らしい。このジャケットのデザインも含めてひとつの作品であり、ピート・シンフィールドの音楽世界、詩世界を表現しているものと言えるのだろう。

 アルバム「Still」は、全体の完成度という点で言えば「傑作」とは呼べないかもしれない。しかし当時の「プログレッシヴ・ロック」の持っていた夢想的で幻想的な美しさを好むファン、そしてピート・シンフィールドの詩作を愛するファンには、この上なく素晴らしい作品であることは間違いない。特に初期キング・クリムゾンやEL&P、あるいはPFMなど、ピート・シンフィールドに関わるバンドの作品の中でも、ダイナミックな演奏の魅力に重きを置くものより、牧歌的で夢想的な繊細さを湛える楽曲を好むファンには、必聴の作品だと言えるだろう。個人的にはやはり「The Song Of The Sea Goat」や「Under The Sky」、「Still」、「Envelopes Of Yesterday」、「The Piper」といった楽曲が好きだ。中でもタイトル曲「Still」は、当時の「プログレッシヴ・ロック」というものが残した名曲のひとつに数えてもよいのではないか。繊細で儚く、夢想的な美しさに溢れた逸品である。