幻想音楽夜話
In And Out Of Focus
1.Focus [vocal]
2.Black Beauty
3.Sugar Island
4.Anonymus
5.House Of The King
6.Happy Nightmare (Mescaline)
7.Why Dream
8.Focus [instrumental]

Thijs Van Leer : flute
Jan Akkerman : guitar
Martin Dresden : bass
Hans Eric Cleuver : drums

Produced by Hubert Terheggen
1970
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 フォーカスのファースト・アルバム「In And Out Of Focus」は、なかなかきちんと聴く機会に恵まれなかった。「Hamburger Concerto」や「Focus At The Rainbow」などは本当によく聴いたし、「Focus III」や「Moving Waves」などもそれなりに聴く機会があった。しかし、ファースト・アルバムの「In And Out Of Focus」だけは何故か聴く機会を持てぬままに過ぎてしまった。時代が移ってLPレコードからCDの時代になると1970年代のロック・アルバムの多くがCD復刻されたが、フォーカスはいっこうにきちんとした復刻がなされなかった。「Focus At The Rainbow」は単発的にCD化されたものの、1970年代のフォーカスに(まさに)焦点を当てての体系的なCD復刻は2001年になるまで待たなくてはならなかった。この時のCD復刻は20bitデジタル・リマスタリング、紙ジャケット盤という仕様で、マニアックなファンを喜ばせてくれたものだった。実はこの時、ようやく「In And Out Of Focus」を手に入れ、初めてきちんと聴いたのだった。

 フォーカスのファースト・アルバム「In And Out Of Focus」は1970年に発表されたものだが、日本ではいつ頃発売されたものなのか、よく覚えていない。フォーカスというバンドを知った頃には、「In And Out Of Focus」は「Moving Waves」や「Focus III」とともにフォーカスの既発表作品として音楽雑誌の広告ページの一角にその名が並んでいた記憶がある。フォーカスというオランダ出身のバンドは、「プログレッシヴ・ロック」の隆盛期にはその一翼を担う存在としての評価を与えられていた。クラシックやジャズの要素を取り込んだテクニカルな音楽は、キング・クリムゾンやイエス、ピンク・フロイドといった「プログレッシヴ・ロック」の「大物」たちに準じる、あるいは同列に肩を並べるものとして人気があった。「Moving Waves」や「Focus III」といった作品は「プログレッシヴ・ロック」のファンに大いに支持されていたし、「Focus At The Rainbow」はロック・ミュージックに於ける優れたライヴ・アルバムとして屈指のものだと評価されていたものだ。

 しかしなぜか、デビュー・アルバムの「In And Out Of Focus」の評価はあまり芳しくなかった。あからさまに「駄作だ」という声は少なかったが、要するに「あまり話題にされない」作品だった気がする。そんな状況だったから、なおさら「In And Out Of Focus」を聴く機会が遠ざかってしまったのではないかと、今になって思う。いずれはきちんと聴きたいと思っているうちに、やがて「プログレッシヴ・ロック」の隆盛は終焉を迎え、時代は変わり、フォーカスの作品群のLPレコードは廃盤となり、けっきょく二十余年を経てCD復刻されるまで待たなくてはならなかった。よく覚えていないが、収録曲のいくつかはどこかで耳にしていたことがあるかもしれない。しかしアルバム作品としてきちんと聴き通したのは復刻CDを入手してからだった。かなり新鮮な気分で聴いた。聴きながら、なぜか嬉しくなった。やっと「In And Out Of Focus」を入手して聴いているという喜びや、当時の息吹を纏ったロック・ミュージックの響きに感じる懐かしさも手伝うのか、その音楽は予想以上に魅力的な音楽だった。

節区切

 アルバム「In And Out Of Focus」を制作した時点のフォーカスのメンバーは、Thijs Van Leer、Jan Akkerman、Martin Dresden、Hans Eric Cleuverの四人だ。セカンド・アルバム「Moving Waves」の制作時には、Thijs Van Leer、Jan Akkerman以外のふたりは別のメンバーになっている。このあたりの経緯はCD(VICP-61530)に付属の松井巧氏の解説(2001年8月9日記)に詳しいが、フォーカス名義で「In And Out Of Focus」を制作した後、商業的な成功を得ることができなかったことによる失意からJan Akkermanが脱退、彼は別のバンドを結成するのだが、その新バンドにThijs Van Leerが参加し、結果的にそのバンドが「新」フォーカスとなったということであるらしく、単純なメンバー・チェンジではなかったようだ。中心メンバーであるThijs Van LeerとJan Akkermanのふたりが在籍した「Focus」という名のバンドのアルバムだが、そのような経緯があることを考えれば、「In And Out Of Focus」がフォーカスの作品群の中でも少々特異なスタンスにあるのは確かだろう。だから「Moving Waves」以降の、いわば「フォーカス黄金期」の作品群と比べて、「In And Out Of Focus」が少しばかり違った感触を持っているのも確かだ。

 「In And Out Of Focus」は、その音楽の在り方や方法論といった点に於いて、後のフォーカスの傑作群に比べればやはり少しばかり物足りなさを感じないわけではないが、随所に後のフォーカスの音楽性の片鱗を窺わせる要素を持った「In And Out Of Focus」の演奏は充分に魅力的なものだ。これほどのアルバムがなぜ売れなかったのだろうか。やはり英米以外の国々のバンドが英米のロック・シーンで成功を得ることの難しさ、という側面もあったのかもしれない。なかなか簡単なことではなかったのだろう。これほどの質の高いアルバムが商業的な成功を得ることができなったことは、確かにJan Akkermanの失意と落胆の理由に充分なものだったろう。

 フォーカスと言えば器楽演奏に重きを置いたインストゥルメンタルのバンドという印象が強いが、「In And Out Of Focus」の収録曲の半分はヴォーカル曲だ。それらのヴォーカル曲はどちらかと言えばオーソドックスなポップ・ソングの意匠の楽曲で、当時のフォーカスというバンドの音楽性が窺えるところだ。「Focus」という楽曲ではヴォーカル・ヴァージョンとインストゥルメンタル・ヴァージョンの両方が収録されているが、ヴォーカル・ヴァージョンでもヴォーカル・パートはごくわずかで、ヴォーカル・ヴァージョンが3分足らず、インストゥルメンタル・ヴァージョンが10分近くという演奏時間を考えれば、実質的にはアルバム冒頭に収録されたヴォーカル・ヴァージョンの方はアルバムの導入部としての役割を担っているのだろう。リリカルな静けさに満ちた小品の「Focus」で始まり、フル・ヴァージョンのドラマティックな「Focus」で終わるというアルバム構成だ。

 1970年という時代性か、アルバム全体の色彩はかなりロック色の強いもので、インストゥルメンタル曲でもずいぶんと「ロックっぽい」演奏が繰り広げられている。もちろんThijs Van LeerとJan Akkermanの演奏は素晴らしく、特にリリカルな演奏からアグレッシヴな演奏まで自在に表情を変えるJan Akkermanのギターはすでにこの頃から圧倒的な魅力を放っている。随所で後のフュージョン・ミュージックに通じる要素を感じることもできるが、それも後のフォーカスの音楽性の変化を暗示しているようで興味深い。

節区切

 フォーカスというバンドは、ロック・ファンの眼を、特に「プログレッシヴ・ロック」のファンの眼を英国以外のヨーロッパ諸国のロック・シーンに向けさせるきっかけになったバンドのひとつだ。フォーカスが「Focus III」や「Focus At The Rainbow」といった名作によっていよいよシーンで確固たる評価を得るに至った頃、イタリアのPFMがグレッグ・レイクのサポートのもとで世界デビューを果たし、「プログレッシヴ・ロック」のファンはヨーロッパ諸国のロック・シーンの広大で芳醇な深みを知ったと言ってもいい。英国のバンドを中心とした「プログレッシヴ・ロック」の分野の中でも、フォーカスはなかなかユニークな音楽性を持ったバンドだった。ロックとジャズとクラシックの要素が無理なく融合した音楽は充分に個性的なもので、クラシカルでリリカルな楽曲からテクニカルでスリリングなジャズ・ロックまで高い完成度で聴かせる彼らの演奏にファンは酔った。そうしたフォーカスの音楽性は「Moving Waves」以降に急激に完成度を高め、「Focus III」から「Hamburger Concerto」にかけてピークに達した観がある。

 「In And Out Of Focus」は、そのようなフォーカスというバンドの出発点だ。その音楽は、敢えて言うなら未だ「プログレッシヴ・ロック」ではない。クラシックやジャズの要素を取り入れた音楽性は充分に斬新で個性的だが、音楽の在り方、その佇まいが、「プログレッシヴ・ロック」としてのカリスマ性を欠いている。大きな可能性を感じさせながらも「プログレッシヴ・ロック」としての領域に突き抜けていない、象徴的に言うなら「プログレッシヴ・ロック」に羽化する直前の音楽だったのだ。しかしだからと言って、「In And Out Of Focus」は決して「駄作」とか「凡作」と評すべき作品ではない。一般的なロック・ミュージックの水準から考えれば、その音楽性は充分に斬新で、演奏そのものもたいへんに優れた質の高い作品であることは確かだ。

節区切

 「In And Out Of Focus」のCDを入手してから、この作品をよく聴いた。この後にフォーカスが辿る道程を既に知っている身では聴き方にも偏向が生じてしまうが、フォーカスのファースト・アルバムであるという事実を忘れても、このアルバム作品が充分に魅力的な音楽であるのは確かだ。1970初期当時にこのアルバムを聴いていたならどうだったろう。きっと夢中になって聴いていたに違いない。そしてこの音楽を生み出したフォーカスというバンドの次作を、心待ちにしていたに違いない。