幻想音楽夜話
Focus At The Rainbow
1.Focus III
2.Answers? Questions! Questions? Answers!
3.Focus II
4.Eruption (excerpt) : a.Orfeus / b.Answer / c.Orfeus / d.Answer / e.Pupilla / f.Tommy / g.Pupilla
5.Hocus Pocus
6.Sylvia
7.Hocus Pocus (reprise)

Thijs Van Leer - organ, flute & vocals.
Jan Akkerman - guitar.
Bert Ruiter - bass guitar & vocals.
Pierre Van Der Linden - drums.

Produced by Mike Vernon.
Recorded at the Rainbow Theatre, London, Saturday 5th May 1973
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「プログレッシヴ・ロック」が隆盛を極めた1970年代前半のロック・ミュージック・シーンに於いても、フォーカスというオランダ出身のバンドは少しばかり「地味な」存在であったかもしれない。1970年にデビューした彼らは、セカンド・アルバム「ムーヴィング・ウェイヴス」とサード・アルバム「フォーカスIII」の成功によって多くのプログレッシヴ・ロック・ファンに名を知られることになったが、やはりどこかマニアックな、言うなれば「通好み」のバンドであったような気がする。

 「プログレッシヴ・ロック」の分野に於いては「歌」を伴わない器楽演奏のみのスタイル、いわゆる「インストゥルメンタル」のグループも少なくなかった。言い換えれば、音楽性の種類を問わず、そうしたグループを一括りに「プログレッシヴ・ロック」として扱っていたのだ。ロック・ミュージックは、やはり「歌」から始まった音楽だったと言っていい。チャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーの時代に遡ってみるまでもなくそれは明白なことだろう。シンガーとそれを支えるバンドによって構成されるスタイルは、バディ・ホリーのグループに端を発し、ビートルズによってその幅を広げて確立されたと考えることもできるが、そこでもやはり「歌」を中心に据えた音楽としてロック・ミュージックは成立していた。「インストゥルメンタル」のグループは、そうした枠組みに収まらず、必然的に従来のロック・ミュージックとは異なる、何か新しいスタイルと見なされることになったのだ。

 フォーカスもまた、そうした「歌と演奏」という画一的なスタイルに背を向けて革新的な姿勢を見せたグループだった。フォーカスの音楽がその演奏のみによって成立し得たのは、やはりタイス・ヴァン・レアのクラシックの素養に裏付けられた演奏とヤン・アッカーマンのジャズの影響の濃い演奏の魅力に負うところが大きい。ふたりの奥深い音楽性と卓越した演奏技術が、フォーカスをロック・ミュージックに於けるインストゥルメンタル・グループとして最も魅力あるもののひとつにしていたと言えるだろう。

 しかし、やはりロック・ミュージックとしての「王道」は「歌と演奏」によって成立するものであったのかもしれない。緻密で緊張感に富み、知的な雰囲気の漂うフォーカスの音楽は充分に魅力的なものではあったが、シンガー不在のその音楽はどこかロック・ミュージックとしてのダイナミックな魅力に欠ける印象があったのも否めない。シンプルなロックン・ロールや「ハード・ロック」などを好む者にとって、フォーカスの音楽は「ジャズっぽく」わかりにくいものだったかもしれないし、ロック・ミュージックとしての痛快で攻撃的な魅力が感じられないものであったかもしれない。

節区切

 フォーカスが1973年にロンドンのレインボー・シアターで行った演奏をライヴ・レコーディングした「Focus At The Rainbow」は、特に彼らの生演奏に触れる機会の無かった日本のファンにとって、それまでのフォーカスに対するイメージを覆し、「あまりロックらしくない」という印象を払拭するのに充分なものだっただろう。そこに刻まれていたのは、紛れもない「ロック・バンド」としてのフォーカスの姿だった。そのライヴ盤には、彼らの多様な音楽性と卓越した演奏技術が見事に刻まれているのはもちろんのこと、アグレッシヴで痛快なロック・ミュージックを演奏するライヴ・バンドとしてのフォーカスの姿が生々しく記録されていたのだった。

 「Focus II」や「Focus III」、そしてヒット曲となった「Hocus Pocus(悪魔の呪文)」や「Sylvia」といった彼らの代表曲を含む演奏は、彼らの「ベスト・セレクション」的な意味合いもあり、当時のロック・ファンの注目を集めることになった。このライヴ盤からフォーカスを知ったというファンも当時少なくなかっただろう。それまでどこか「とっつきにくい」印象だったフォーカスに対するイメージを、このライヴ演奏によって改めたファンも少なからずいたのではないだろうか。

 「Focus At The Rainbow」に収録された彼らの演奏は、彼らの音楽がスタジオ内で緻密に構築された産物などではないことを証明し、生演奏の場で新たな解釈がもたらされ、自由に大きく拡大してゆくものであることを示していた。ある意味ではそれはまさに「ジャズ」的なものであるとも言えるが、彼らのアグレッシヴに展開するインプロヴィゼーション・プレイはジャズではなく明らかにロック・ミュージックのイディオムを内包するものだった。

節区切

 フォーカスの音楽は元来リリカルな「静」の部分とテクニカルな「動」の部分の対比が魅力あるものだった。「静」の部分ではクラシカルな印象の中に漂う叙情性が美しく、「動」の部分では特にヤン・アッカーマンのテクニカルなギター・プレイが魅力だった。彼らの演奏はまさに緩急自在に表情を変えながら、聴き手を翻弄するかのように展開してゆき、そうした部分がその魅力のひとつにもなっていた。その「静」と「動」の対比は、このライヴ演奏に於いてさらに際だち、臨場感溢れる演奏の魅力となって聴き手を魅了する。「Answers? Questions! Questions? Answers!」や「Eruption」といった楽曲の魅力はまさにそうしたところにあり、じっくりと聴き込むほどに彼らの演奏の魅力を深く味わうことのできるものと言えるだろう。

 「Focus II」や「Sylvia」といった楽曲はその美しいメロディも魅力だったが、それらもまたライヴ演奏の中でさらに瑞々しい輝きを放っているようにも感じられる。そしてやはり「Focus At The Rainbow」に於ける最大の聴き所は8分超という長さの「Hocus Pocus」だろう。そのエッジの鋭いハードなギター・リフは中途半端な「ハード・ロック」を蹴散らすほどの迫力に満ちている。タイス・ヴァン・レアの有名な「ヨーデル風」のスキャットも冴え渡る。鬼気迫る演奏は実にアグレッシヴで痛快だ。この楽曲、この演奏に限って言えば、これは紛れもない「ハード・ロック」であろう。

 そして続く「Sylvia」と繰り返される「Hocus Pocus」によって「Focus At The Rainbow」は幕を下ろす。ヒット曲ともなった「Sylvia」は美しいメロディが印象的な楽曲で、「名曲」と言っても差し支えないと思うが、ここでは実にダイナミックな演奏の魅力によって新たな息吹を与えられているように感じる。最後に収録された「Hocus Pocus」がさらにテクニックに裏付けられたロック・ミュージックの「凄み」とでも言うべきものを感じさせてくれる。ステージ上で繰り広げられたフォーカスの演奏の素晴らしさは、収録された聴衆の歓声がすべてを物語っているだろう。

節区切

 「Focus At The Rainbow」は1970年代当時、ロック・ミュージックの数あるライヴ・レコーディングの作品の中でも屈指のものと評されたものだった。そしてその評価はおそらく現在も変わることはないだろう。「Focus At The Rainbow」はおそらく、ディープ・パープルの「Live In Japan」やウィッシュボーン・アッシュの「Live Date」などと並んで、1970年代のロック・ミュージックのライヴ録音の作品の中でも最良のもののひとつと言ってよい。

 「Focus At The Rainbow」は当時の「プログレッシヴ・ロック」の、そしてロック・ミュージックそのもののエッセンスを、時代と共にあったその音楽の魅力のひとつを、鮮明に封じ込めている。「Focus At The Rainbow」はフォーカスの活動の歴史の中では次作までの「場繋ぎ」的な性格の作品であるかもしれない。「完成度」といった点では他のスタジオ録音の作品に一歩譲るものであるかもしれない。しかしそれでもこの作品は、当時のロック・シーンの一翼を担ったバンドの最良の時代を切り取って今に伝えている。その演奏から三十年ほどを経た今になっても、その演奏の魅力は些かも色褪せていないように思える。

 フォーカスというバンドを知らない人のために、フォーカスを知るための最初の一枚のアルバムを選ぶとするならば、それをこの「Focus At The Rainbow」としても決して誤った選択ではないだろう。当時からフォーカスというバンドを好んでいた人々の中にも、他のスタジオ録音作品ではなくこのライヴ録音の作品を「彼らの代表作」と呼ぶことに憚らない人たちが少なくない。

 1970年代後半以降のロック・ミュージック・シーンの変化の中で、フォーカスもまたその勢いを削がれて時の流れの中に置き去られてしまった観もある。しかし1970年代前半のありとあらゆるものがカオスのように存在したロック・シーンの中で、フォーカスは確かに第一級のバンドとして存在した。このライヴ盤に収録された演奏がそれを見事に証明している。