幻想音楽夜話

Drivers Eyes / Ian McDonald
1.Overture
2.In Your Hands
3.You Are A Part Of Me
4.Sax Fifth Avenue
5.Forever And Ever
6.Saturday Night In Tokyo
7.Hawaii
8.Straight Back To You
9.If I Was
10.Demimonde
11.Let There Be Light

Produced by Ian McDonald.
1999 Mud Drum Music, Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 イアン・マクドナルドはキング・クリムゾンの初期メンバーとして名作「クリムゾン・キングの宮殿」の制作に携わったミュージシャンである。いや、「携わった」などといった生半可な表現は相応しくない。サックスやフルート、キーボードなどの各種の楽器を巧みに操り、その多彩な才能を遺憾なく発揮して、彼があの傑作の創造に極めて大きな役割を果たしたことは、マニアックなキング・クリムゾンのファンならずとも理解できることに違いない。

 「宮殿」の制作後にキング・クリムゾンを離れたイアン・マクドナルドは、同時にバンドを抜けたマイケル・ジャイルズとともに、これもプログレッシヴ・ロック・ファンには名作として知られる「マクドナルド・アンド・ジャイルス」を発表、その後、1970年代の後期には英米のミュージシャン混合のバンド「フォリナー」を結成して一時代を担った。

 ところが1980年代から1990年代前半にかけて、イアン・マクドナルドの名はぱったりと音楽シーンで聞かれなくなってしまった。音楽活動は継続していたらしいのだが、一般のロック・ファン、特に日本のファンにはその情報は届いてはこなかった。絶えず変化してゆく音楽シーンに於いて、彼の名はなかば忘れ去られたような形となってしまい、それを淋しく思いながら復帰を待ち望んでいた往年のファンは少なくなかった。

 やがて1990年代も後半になって、ようやくイアン・マクドナルドの名が再びシーンに戻ってきた。1995年にはアニー・ハズラムの呼びかけによるボスニア・ヘルツェゴビナ救済チャリティ・コンサートに出演、ファンの喝采を浴びた。さらにスティーヴ・ハケットのレコーディングやツアーにも参加、このコンサート・ツアーでは日本公演にも同行し、日本のファンを喜ばせている。第一線での活動に自信を取り戻したのか、そしてまた音楽活動への意欲を取り戻したのか、イアン・マクドナルドはソロ・アルバムの制作に取りかかる。そうして1999年に発表された彼のソロ・アルバムが本作「Drivers Eyes」である。制作には7ヶ月を要したという。

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 イアン・マクドナルドは1946年の生まれだそうだから、「Drivers Eyes」の制作時には50歳を少し越える年齢だったわけだが、その長いキャリアからは意外なことにこの作品が彼の「初めての」ソロ・アルバムになる。完成した作品は彼の年齢相応の円熟した表情を見せる。かつて1970年代の音楽シーンで活躍した友人たちもサポート・ミュージシャンに迎えているが、決して「同窓会的」な懐古趣味的作品に陥ることなく、「今の」彼の音楽が真摯に形にされている。

 冒頭を飾る「Overture」はイアン・マクドナルドの作曲によるインストゥルメンタル曲で、イアンはフルート、ギター、シンセサイザーなどを演奏している。不思議な高揚感と飛翔感を誘う軽快な楽曲で、アルバム・タイトルの「Drivers Eyes」から連想するような、穏やかな疾走感が心地よい。2分半ほどの短い楽曲だが、味わい深い序曲である。

 「In Your Hands」は力強さを感じる楽曲で、イアン・マクドナルドはギターとシンセサイザー、そしてヴォーカルを担当する。イアンの歌唱は決して巧みなものとは言えないが、穏やかで味わい深い声質が彼の人柄をも現しているようで聴いていて引き込まれるような魅力がある。楽曲の終わり、消え入るように微かに残るピアノの演奏が印象的だ。

 「You Are A Part Of Me」は、かつてベイビーズなどで活躍したジョン・ウェイトがヴォーカルを担当する。イアン・マクドナルドの作詞作曲による情感豊かなバラードで、イアンはアコースティック・ギターやエレクトリック・ピアノ、シンセサイザーなどを演奏している。こうしたタイプの楽曲を歌わせると、ジョン・ウェイトはやはりうまい。

 「Sax Fifth Avenue」はイアン・マクドナルド作曲のインストゥルメンタル曲。イアンはアコースティック・ギターやエレクトリック・ピアノ、シンセサイザーなどを演奏しているが、タイトルが示すように、彼の演奏するアルト・サックスが前面に据えられた楽曲だ。淡々と刻まれるリズムに倦怠感漂うサックスの演奏が乗り、独特の味わいを放っている。

 「Forever And Ever」は哀しげな情感の漂う楽曲だ。作曲はイアンだが、作詞はジョン・ウェットンで、ヴォーカルを担当するのもジョン・ウェットンだ。イアンはフルートやアコースティック・ギター、ピアノ、シンセサイザーなどを演奏している。楽曲の背景に終始鳴り響くフルートの音色が印象に残る楽曲だ。

 「Saturday Night In Tokyo」はタイトルに「東京」の名があり、我々日本のファンには興味深い。作曲はイアンだが、作詞は「Marc Elliot & Ian McDonald」とある。東京の土曜の夜の情景とともに描かれるラヴ・ソングのようだが、演奏は力強く、往年のフォリナーの演奏を彷彿とさせるものがある。イアンはギターとヴォーカルを担当している。余談だが、「Tokyo」を英語圏の人が発音すると「トッキヨー」に近いものになってしまうものらしい。ディープ・パープルの「Woman From Tokyo」では「トッケイヨー」と聞こえていたのが思い出される。

 「Hawaii」は再びインストゥルメンタル曲で、イアン・マクドナルドは作曲の他にピアノ、ギター、シンセサイザーを担当している。軽やかな中にも哀感の漂う楽曲だが、タイトルの「Hawaii」は地名の「ハワイ」を意味するものなのだろうか。楽曲の印象はあまり「あの」ハワイに結びつかないのだが、想像力が貧困なせいだろうか。

 「Straight Back To You」のヴォーカルを担当するのはフォリナーでの盟友ルー・グラムだ。作曲はイアンだが、作詞はイアンとルー・グラムとの共作となっている。イアンはギターとシンセサイザー、アルト・サックスを演奏している。楽曲の印象もまさにフォリナーを彷彿とさせるもので、力強く安定感のある演奏が見事だ。ちなみにギター・ソロを担当するのはスティーヴ・ハケットだ。

 「If I Was」ではまたイアン・マクドナルドのヴォーカルが聴ける。その他、イアンはピアノ、ギター、シンセサイザーを演奏しているが、この楽曲の話題はギター・ソロにピーター・フランプトンが参加していることだろう。ほのかな哀感の漂う佳曲だ。ピーター・フランプトンのギターも素晴らしい。

 「Demimonde」はイアン・マクドナルドの作詞作曲による楽曲だが、歌詞はわずかなもので実質的にはインストゥルメンタル曲と言っても差し支えないだろう。特筆すべきなのは、この楽曲がマイケル・ジャイルズとイアン・マクドナルドとの約30年振りの共演であることだろう。マイケル・ジャイルズによるドラムスはやはり独特の味わいがあり、イアンはギター、ベースをはじめとして、エレクトリック・ピアノ、ハモンド・オルガン、シンセサイザー、アルト・サックスといったさまざまな楽器を駆使してジャイルズの演奏に応えている。ただ一曲のみ、3分半ほどの小品ではあるが、さまざまに変遷したロック・シーンの歴史を背負ってのマクドナルド&ジャイルズの共演は往年のファンには嬉しい。

 「Let There Be Light」はこのアルバム中でも注目度では屈指のものだろう。作詞を担当するのがピート・シンフィールドなのだ。さらにヴォーカルを担当するのはプロコル・ハルムで一時代を築いたゲイリー・ブルッカーだ。イアンはクラリネット、シンセサイザー、クラヴィネットなどを演奏している。ストリングスも交えた重厚な演奏のドラマティックな楽曲で、このアルバム中の他の楽曲群とは少々趣が異なり、往年の「プログレッシヴ・ロック」の面影を最も強く感じさせる楽曲であるかもしれない。

 1970年代当時のロック・ミュージックを愛した立場ではついつい当時の著名ミュージシャンの参加ばかりに目が行くが、アルバムのほぼ全編を通じてイアン・マクドナルドを支えた、ドラムスのSteve Holly、ベースのKenny Aaronson、Paul Ossoraといったミュージシャンたちの見事な演奏も、やはり讃えておかなくてはなるまい。

 アルバム・タイトルは「Drivers Eyes」だが、同名の楽曲が収録されているわけではない。イアン・マクドナルドがどのような思いで、このタイトルにどのような意味を込めたのかは、寡聞にして知らないのだが、冒頭の「Overture」がまさに「Drivers Eyes」を連想させる曲想であることなどから考えて、ドライヴァーの目に映るさまざまな情景のひとつひとつを各楽曲になぞらえてアルバム全体を構成したものだろうか。ジャケットを飾る、真っ直ぐに延びる道路の写真が印象的だ。

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 キング・クリムゾンの初期メンバーだったイアン・マクドナルドのソロ・アルバムであり、往年の盟友たちがサポートとして参加しているとなれば、そこに1970年代当時のロック・ミュージックの響きを探してしまうのも無理のないところだ。しかしこのアルバム中に、例えばキング・クリムゾンなどの往時の「プログレッシヴ・ロック」の音楽を期待したとしても、その期待は見事に裏切られる。楽曲によってはフォリナーの演奏を連想したり、「プログレッシヴ・ロック」の名残を見つけることもあるが、この作品に結実しているのはあくまで「今」のイアン・マクドナルドの音楽だ。

 音楽の創造の理想を目指していたであろう若い日々から、第一線を退いたかに見えた一時期を経て、再び音楽の創造へと向き合ったイアン・マクドナルド。この作品には彼の経てきた日々が封じ込められているようにも感じられる。すでに決して若くはなく、その音楽は過激さや先鋭性といったものとは無縁だが、しかし老練というほど枯れてもおらず、年齢相応の円熟さを感じさせ、軽やかでありつつも穏やかで安定した魅力を醸し出している。落ち着いた、大人のロックである。決して「ロック史上に残る名盤」といった類の作品ではないが、才能豊かなミュージシャンによる、粋で洗練された、芳醇な香りを湛えた逸品である。

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 1970年代当時を知らない若い人たちに、この作品はどのように聞こえるだろうか。地味で退屈な音楽に聞こえてしまうかもしれない。それならそれでもいい。私たちは、あの頃、全身を耳にして「クリムゾン・キングの宮殿」を聴いた。「マクドナルド・アンド・ジャイルズ」を聴いた。フォリナーを聴いた。イアン・マクドナルドが年齢を重ねたように、聴いていた我々も年齢を重ねてきた。あれからロック・ミュージックそのものも、それを取り巻く状況も大きく変わってきた。この作品を聴いていると、そういったことを何故か強く感じてしまう。いや、過ぎた時代を懐かしむというのではない。何と言えばいいのか、音楽の作り手と聴き手と立場は違っていても、同じ音楽を同じ時代に共有した相手との再会とでもいうのか。久しく会っていなかった古い友人との再会にも、それは似ているかもしれない。
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