幻想音楽夜話
Slaughter on 10th Avenue / Mick Ronson
1.Love Me Tender
2.Growing up and I'm Fine
3.Only After Dark
4.Music Is Lethal
5.I'm the One
6.Pleasure Man / Hey Ma Get Papa
7.Slaughter on 10th Avenue

Mick Ronson : guitars, vocals and some piano.
Trevor Bolder : bass, trumpets and trombones
Aynsley Dunbar : drums, percussion
Mike Garson : piano, electric piano and organ
David Hentschell : Arp on 'Hey Ma Get Papa'

All tracks produced, arranged and conducted by Mick Ronson.
1974 RCA
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1972年から1974年にかけての頃、ロンドンにはグラムの華が艶やかに咲き誇った。T.Rexを率いるマーク・ボランやデヴィッド・ボウイがカリスマ的な人気を誇っていた。退廃的で虚飾めいた「グラム」のキャラクター性は当時のロンドン・ポップ・シーンを席巻し、多くのミュージシャンが「グラム」の意匠を纏った。初期のロキシー・ミュージックやモット・ザ・フープル、スレイドやスイートといったバンドたちも「グラム」の範疇で語られ、それぞれに人気を得ていた時代だ。一般的なロック・ファンからは「浅薄な流行音楽」として軽んじられた「グラム・ロック」だったが、実はそうでなかったことはやがて歴史が証明することになる。その「グラム」を語る上で、マーク・ボランやデヴィッド・ボウイ、イアン・ハンターらと共に欠かすことのできない重要なギタリスト/ミュージシャンがいる。ミック・ロンソンである。

 ミック・ロンソンというミュージシャンのことは、デヴィッド・ボウイのファンであればおそらく知らない人はいない。彼はデヴィッド・ボウイが作り上げたキャラクター「ジギー・スターダスト」を支えるバンド「スパイダース・フロム・マーズ」のメンバーとして、デヴィッド・ボウイが1972年に発表した「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders From Mars」に携わり、ミュージック・シーンの最前面に登場するのだ。以後、ロンソンはボウイの参謀役を務めるかのように活動を共にし、ルー・リードの「Walk on the Wild Side」やモット・ザ・フープルの「All the Young Dudes」にアレンジャーやプロデューサーとして名を連ねる。ミック・ロンソンは「グラム」の台頭とその隆盛を支えた重要人物のひとりなのだ。

 まるで「グラム」の象徴のようだった「ジギー・スターダスト」だったが、デヴィッド・ボウイはさっさとそのキャラクターを捨て去ってしまう。1973年発表の「Aladdin Sane」と「Pin Ups」の二枚のアルバムに参加したミック・ロンソンはその後デヴィッド・ボウイと別れ、独自の道を歩んでゆくことになる。1974年、ミック・ロンソンは初めてのソロ・アルバムを発表する。それが「Slaughter on 10th Avenue」である。

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 ミック・ロンソンが初のソロ・アルバムを発表する、というニュースを、「おお、ついにミック・ロンソンがソロ・デビューするのか」という軽い興奮の中で聞いた記憶がある。一般的にはそれほどの大ニュースではなかっただろう。しかし、デヴィッド・ボウイの「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders From Mars」や「Aladdin Sane」を夢中になって聴き、「グラム」という在り方を支持したファンにとって、ミック・ロンソンのソロ・デビューは大きな関心事だった。グラムの陰の立て役者がいよいよ表舞台に登場するのだ、ということを意味していたからだった。彼のソロ・デビュー・アルバムは本国では概ね好評だったものの、その後のミュージック・シーンでの一般的評価を鑑みたとき、残念ながらソロ・ミュージシャンとしてのミック・ロンソンが「グラムに於ける最重要人物のひとり」に相応しい名声や商業的成功を得たとは言い難い。自分自身がスポットライトを浴びるより、裏方的なサポートの役割に徹することによってこそ、その実力と才能を大きく開花させるミュージシャンがいるものだが、ミック・ロンソンはまさにそうしたミュージシャンだったのだろう。

 それでも、「グラム」に象徴される当時のロンドン・ポップ/ロック・シーンが生み出した様々な魅力的な音楽に心酔したファンにとって、ミック・ロンソンのソロ・アルバムが他の優れた作品群と同様に重要なものであるのは確かだ。1974年になって発表されたミック・ロンソンのソロ・デビュー・アルバム「Slaughter on 10th Avenue」は、すでにグラムの最盛期からは少しばかり時期を逸した観もあったが、しかしだからこそ、グラムを支持したファンにとって喝采を贈りたくなるような作品だったのだ。すでにグラムの終焉期を迎えたロンドン・ポップ/ロック・シーンに咲いた、最後の華だった。

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 虚飾めいた艶やかさに包まれ、退廃的な哀感と自虐的な暴力性を滲ませつつ、中性的な美しさの中に背徳的で異端的な匂いを漂わせる。「グラム・ロック」と呼ばれるスタイルの音楽は、そうした特徴を持ち、それこそが魅力だった。そしてそれらの形容は、そのままミック・ロンソンの「Slaughter on 10th Avenue」に対する形容として相応しいものだ。すなわち、ミック・ロンソンの「Slaughter on 10th Avenue」は、デヴィッド・ボウイの「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders From Mars」やT.REXの「Tanx」などと共に、「グラム・ロック」を代表する作品の一枚だということだ。「グラム・ロックの代表作をいくつか教えてくれ」と誰かに言われたなら、デヴィッド・ボウイやT.REXの諸作と共に、ミック・ロンソンのソロ・アルバムを挙げることにためらいがない。というより、ミック・ロンソンのソロ・アルバムを欠かしては「グラム」は語れない、ということだ。

 アルバム「Slaughter on 10th Avenue」には9曲の楽曲が収録されていた。当時は「Love Me Tender」から「Music Is Lethal」までの4曲がLPのA面に、「I'm the One」から「Slaughter on 10th Avenue」までの3曲がLPのB面という構成だった。ロンソンの自作曲に加え、デヴィッド・ボウイによる楽曲やカヴァー曲なども収録した内容で、特に「Love Me Tender」と「Slaughter on 10th Avenue」のカヴァーは当時のファンを驚かせたものだった。「Love Me Tender」はエルヴィス・プレスリーのヒット曲として知られる有名曲だが、ロンソンによるカヴァーは原曲のイメージとはかけ離れた歌と演奏で、ちょっと聞いただけでは「Love Me Tender」であることにも気づかないほどだ。「Slaughter on 10th Avenue」は邦題を「十番街の殺人」といい、そもそもはリチャード・ロジャースによる作曲のバレエのための音楽だが、一般的なポピュラー音楽ファンにはヴェンチャーズによるカヴァーがよく知られている。ロンソンはこの曲に大胆なアレンジを施し、ファンを驚かせた。アレンジャーとしてのロンソンの面目躍如といったところだ。

 このソロ・アルバムでミック・ロンソンはギターを弾き、歌い、いくつかの楽曲ではピアノも演奏し、そしてすべての楽曲のプロデュースとアレンジを担当している。このアルバムに対して「グラム期のデヴィッド・ボウイのバックでギターを弾いていたギタリストのソロ・アルバム」という解釈で間違いではないが、実は「ギタリストのソロ・アルバム」という性格は希薄だと言っていい。乱暴に言い切るならば、これは「歌うミック・ロンソンを前面に据えて造り上げられたプロデューサー/アレンジャーとしてのミック・ロンソンのソロ・アルバム」である。ハードにドライヴするロックン・ロールやブギを中心にしたロック・アルバムという性格ではなく、緻密なアレンジによって造り上げられた良質のポップ・ロック・アルバムという佇まいだ。ミック・ロンソンの歌唱は決して圧倒的に優れているというわけではないが、なかなか巧みで味がある。デヴィッド・ボウイの歌唱を彷彿とさせるところもあり、両者の繋がりを感じさせるところだ。もちろん彼のギター・プレイは随所で堪能することができる。時にエッジを効かせ、時にメランコリックに、あるいはヘヴィに響く彼のギターは、やはり素晴らしい。特にタイトル曲の「Slaughter on 10th Avenue」に於ける彼のギター・プレイは最大の「聴き所」かもしれない。

 1995年にCD化されたときには、「Leave My Heart Alone」と「Love Me Tender」、「Slaughter on 10th Avenue」の3曲のライヴ・ヴァージョンがボーナス・トラックとして追加収録され、ファンを喜ばせた。1974年、ロンドンのレインボウ・シアターでの音源であるらしい。

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 ミック・ロンソンはこの後、セカンド・ソロ・アルバムの制作途中にイアン・ハンターに誘われてモット・ザ・フープルに加入、やがて彼と共にハンター・ロンソン・バンドを結成して活動を共にし、1975年になってセカンド・ソロ・アルバム「Play Don't Worry」を発表する。1970年代後半から1980年代にかけて、さまざまなアーティストのプロデュースに携わり、やはり「裏方的」な役割で活躍を続けるのだが、1990年代に入った頃、肝臓癌であることが判明、音楽活動と併行して闘病生活を続けるがそれも虚しく、1993年4月29日、帰らぬ人となってしまった。46歳という若さだった。

 アルバム「Slaughter on 10th Avenue」は、そのミック・ロンソンが残した数少ないソロ作品のひとつであり、彼の初めてのソロ・アルバムである。ミック・ロンソンというギタリスト/ミュージシャン/アレンジャー/プロデューサーを知る人は、今ではあまり多くはないかもしれない。1970年代当時でさえも、一部のマニアックなファンの間でのみ話題になる存在だったかもしれない。しかし当時の「グラム」を愛したファンにとって、ミック・ロンソンが敬愛すべきミュージシャンのひとりであることは間違いない。彼のアルバム「Slaughter on 10th Avenue」は、彼のセカンド・ソロ「Play Don't Worry」と共に「グラム」を愛するファンにとって欠かすことのできない作品のひとつであり、そうしたファンにとっては「必聴必携」と言うべき作品だ。耽美的な物悲しさに満ちたこの作品は、まさに「グラム」を具現化した「名盤」のひとつとして忘れられない。