幻想音楽夜話
Play Don't Worry / Mick Ronson
1.Billy Porter
2.Angel No.9
3.This Is For You
4.White Light/White Heat
5.Play Don't Worry
6.Hazy Days
7.Girl Can't Help It
8.Empty Bed (Io Me Ne Andrei)
9.Woman

'Billy Porter' - Jeff Daly : sax / Neil Kernon : ARP synthesizer / Mick Ronson : drums, harmonicas, guitars, piano and vocals
'Angel No.9' - Ritchie Dharma : drums / Trevor Bolder : bass / Vicky Silva, Beverley Baxter and Miquel Brown : back up vocals / Mick Ronson : guitars, piano and vocals
'This Is For You' - Trevor Bolder : bass / Mike Garson : piano / Neil Kernon : ARP synthesizer / Jeff Daly : flutes / Mick Ronson : guitars, piano and vocals
'White Light/White Heat' - Aynsley Dunbar : drums / Trevor Bolder : bass / Mike Garson : piano / Mick Ronson : guitars, piano and vocals
'Play Don't Worry' - Paul Francis : drums / Jeff Daly : sax / Mick Ronson : bass, guitars, clavinet and vocals
'Hazy Days' - Mike Garson : piano / Trevor Bolder : bass / Mick Ronson : drums, guitars, recorders and vocals
'Girl Can't Help It' - Tony Newman : drums / Jeff Daly : sax / Ian Hunter & The Microns : back up vocals / Mick Ronson : bass and guitar
'Empty Bed (Io Me Ne Andrei)' - Sid Sax : strings led / Mick Ronson : guitars, synthesizer, bass and vocals
'Woman' - Ritchie Dharma : drums / Trevor Bolder : bass / Vicky Silva, Beverley Baxter and Miquel Brown : back up vocals / John Mealing : piano / Mick Ronson : guitars and vocals

Produced by Mick Ronson
1975 RCA
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1974年春に初めてのソロ・アルバム「Slaughter on 10th Avenue」を発表したミック・ロンソンは、イギリス国内でコンサート・ツアーを行い、概ね好評をもって迎えられる。アルバムのセールスも悪くなかったという。彼は早速セカンド・アルバムに取りかかるが、完成直前、イアン・ハンターからモット・ザ・フープルのメンバーになって欲しいとのオファーを受ける。ヨーロッパ・ツアーを控えたモット・ザ・フープルからギタリストのエイリアル・ベンダーが脱退し、困ったイアン・ハンターがロンソンを頼ったのだ。ロンソンはセカンド・アルバムの制作を一時中断、モット・ザ・フープルに参加する。しかしロンソンの加入によってモット・ザ・フープル内での勢力図が大きく書き変えられてしまった。結局、バンドは分裂、ハンターとロンソンはバンドを脱退してハンター・ロンソン・バンドを結成、残ったメンバーは「モット」と名を変えて活動を継続することになる。その後ロンソンは中断していたセカンド・ソロアルバムを仕上げ、ハンター・ロンソン・バンドもイアン・ハンターのソロ名義でアルバムを制作、それぞれのソロ・アルバムは1975年の春に相次いで発表された。そのミック・ロンソンのセカンド・アルバムが「Play Don't Worry」である。

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 ミック・ロンソンの初のソロ・アルバム「Slaughter on 10th Avenue(十番街の殺人)」はとても充実したものだった。「グラム」の台頭から隆盛に至る時期を支えたミュージシャンとしての美意識に裏付けられた音楽世界は耽美的で退廃的な中に感傷を漂わせ、素晴らしい作品に仕上がっていた。しかしミック・ロンソンのギター・プレイに魅力を感じているファンにとっては、ほんの少しばかり不満を感じるところもないわけではなかった。初のソロ・アルバムということもあり、ロンソン自身にもさまざまな思いがあっただろう。デヴィッド・ボウイのバックを務めながら温めていたアイデアもあったに違いない。「気負い」のようなものもあったかもしれない。「Slaughter on 10th Avenue(十番街の殺人)」はもちろんロンソンのギター・プレイを随所で堪能できるアルバムだったが、どちらかと言えば、「ギタリスト」としてのミック・ロンソンではなく、「アレンジャー」、あるいは「プロデューサー」としてのミック・ロンソンのリーダー・アルバムであるような感触もあった。ミック・ロンソンが自らの美意識に基づいた音楽世界を一枚のアルバムの中に構築するにあたって、「ギタリスト」としての自身はそのための演奏者のひとりに過ぎないと考えているかのようだった。

 しかし、その「ほんの少しばかりの不満」は、1975年に発表されたセカンド・ソロ・アルバム「Play Don't Worry」によって解消されることになった。「Play Don't Worry」は、まさに「ギタリストとしてのミック・ロンソン」のソロ・アルバムだった。ジャケット写真に用いられた、陶酔の表情を浮かべてギターを抱くミック・ロンソンの姿が、何よりそれを象徴しているではないか。

 「Slaughter on 10th Avenue」の全体像を覆っていたメランコリックなコンセプト性は失せて、「Play Don't Worry」はもっとダイレクトでポップなロック・アルバムの表情を見せる。作品の印象がよりタイトでソリッドになり、塊感が増した。収録された楽曲はメランコリックなバラード曲もあるが、ハード・ドライヴィンなロックン・ロールも少なくなく、そうした点もファンの期待に応えてくれたものだった気がする。「Slaughter on 10th Avenue」はすべての楽曲が固定メンバーによるバンド形式で演奏されていたが、「Play Don't Worry」では主要メンバーはいるものの、楽曲によって参加ミュージシャンが少しずつ異なっている。そうしたところにも「Slaughter on 10th Avenue」と「Play Don't Worry」とに於ける、アルバム制作へのロンソンの姿勢の違いが見て取れる。

 しかしその音楽の基本的立脚点は前作と変わらず「グラム」だ。音楽そのものの佇まいも、ジャケット写真を飾るミック・ロンソン自身の容姿も、まさに「グラム」だ。音楽そのものはポップでシンプルなロックン・ロールやバラードだが、その音楽が身に纏う虚飾めいて艶めかしい感触は「グラム」以外の何物でもない。「Play Don't Worry」が発表された1975年、すでに「グラム」の大ブームは終焉を迎え、大西洋を隔てたニューヨークでは「パンク」が台頭しつつあった。そのような時代にあって、ミック・ロンソンは「グラム」であり続けた。もちろん彼は殊更にグラムであろうとしたわけではあるまい。彼の信じる音楽、彼の表現行為の手段としての演奏や歌やメイクや衣装に対して、聴衆が「グラム」の呼称を与えただけのことだ。だからこそ、すなわち「グラム」が商業主義的に演出された虚構ではなかったからこそ、それは後々のミュージック・シーンに少なからぬ影響を与え得たのだ。

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 「Play Don't Worry」には全9曲が収録されている(1995年に発売された復刻CD(MDCP-4068)には、オリジナルアルバム収録の9曲に加えて、「Seven Days」、「Stone Love」、「I'd Rather Be Me」の3曲がボーナス・トラックとして追加収録されている)。冒頭に収録された「Billy Porter」は当時シングルとして発売された楽曲で、いかがわしさと虚構めいた楽しさに溢れたポップ・チューンだ。「Angel No.9」ではエッジの効いたロンソンのギターを堪能することができる。ミディアム・テンポだが痛快な楽曲だ。一転して「This Is For You」ではリリカルな哀感に満ちた演奏と歌唱を聴くことができる。「White Light/White Heat」はロック・ファンならおそらく知らない人はいないと思うが、ルー・リードのヴェルベット・アンダーグラウンド時代の楽曲だ。この曲はデヴィッド・ボウイの「Pin Ups」のために録音された演奏にロンソンのヴォーカルを加えて完成させたものらしい。痛快なロックン・ロールを聴かせてくれる。

 LP時代は「White Light/White Heat」までがA面で、「Play Don't Worry」からB面だった。「Play Don't Worry」はアコースティックな演奏から始まってアグレッシヴに展開する構成がカッコよく、アルバム・タイトル・チューンに相応しく聴き応え充分の楽曲だ。「Hazy Days」は軽やかな中に哀感を滲ませたアコースティック・チューンで、リリカルに響くマイク・ガーソンのピアノが印象的だ。「Girl Can't Help It」は映画「女はそれを我慢できない(The Girl Can't Help It)」の挿入歌としてよく知られている。映画ではリトル・リチャードが演奏していたが、ロンソンのヴァージョンも負けず劣らず痛快なロックン・ロールに仕上がっている。「Empty Bed (Io Me Ne Andrei)」は哀感に満ちたバラード曲だ。ストリングスも加えられたアレンジで、なかなかドラマティックだ。「Woman」はオリジナル・アルバムの最後を飾るに相応しい力強い印象の楽曲だ。

 これらの収録曲のうち、ミック・ロンソンの作詞作曲による楽曲は「Billy Porter」と「Hazy Days」の2曲だけで、ボブ・サージェントとの共作になる「Play Don't Worry」やイタリアの楽曲にロンソンが英語詞を付けた「Empty Bed (Io Me Ne Andrei)」を加えても、ロンソンが楽曲の創作に携わったものは4曲に過ぎない(ボーナス・トラックとしてCDに追加収録された「I'd Rather Be Me」はロンソンと彼の妻スザンヌとの共作)。他の楽曲はすべてカヴァー曲だ。そうしたところにもミック・ロンソンが楽曲の創作というものに重きを置かず、ギタリスト/アレンジャー/プロデューサーとしての活動がミュージシャンとしてのミック・ロンソンの基本的なスタンスだったことがよくわかる。

 アルバム「Play Don't Worry」にはさまざまな曲想の楽曲が収録されているが、どの楽曲もポップで、少しばかりキッチュな匂いをふりまき、ユニセクシャルな艶めかしさを纏った、「グラム」の楽しさに溢れている。痛快なロックン・ロールから哀感を帯びたバラード曲まで、収録曲のそれぞれがそれぞれに魅力的で素晴らしく、グラム全盛時のロンドン・ポップ/ロックのカッコよさ、楽しさというものを存分に味わうことができる。そしてまたミック・ロンソンというミュージシャンの実力を再確認できる内容だと言ってもいい。ロンソンのギター・プレイを存分に堪能できる楽曲も少なくなく、その点でも充分にファンの期待に応えてくれる。

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 ミック・ロンソンのセカンド・ソロ・アルバム「Play Don't Worry」が発表された1975年、「グラム」のブームはすでにそのピークを過ぎ、英国のロック/ポップ・シーンは変革期を迎えようとしていた。ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンではパティ・スミスやラモーンズ、テレヴィジョンといったミュージシャンたちが新しい価値観を携えてロック・シーンに躍り出ようとしていた。「パンク」の台頭である。ニューヨークの「パンク」はやがてロンドンに飛び火し、さらに全世界のロック・シーンを揺るがすムーヴメントへと広がってゆく。激変するロック・シーンの中、ロンソンはイアン・ハンターとのバンドやさまざまなセッション、あるいはプロデューサーとして活動を継続し、1970年代から1980年代にかけて多くの音楽作品に関わっているがソロ・アルバムが発表されることはなかった。やがて1990年代に入ってようやくソロ・アルバム「Heaven and Hull」の制作に取りかかるが、その完成を待たず、1993年4月、肝臓癌のために46歳で帰らぬ人となってしまうのだ。「Heaven and Hull」はその後、妻スザンヌと友人たちの協力によって完成し、翌1994年に発表されることになる。

 わずかな数のソロ・アルバムしか残していないミック・ロンソンだが、「グラム」の勃興と隆盛、そしてそれ以後のロック/ポップ・シーンに残した功績は決して小さくはない。「裏方」的な役割の多かったロンソンは一般のロック・ファンの目に留まることは少なかったかもしれない。しかし1970年代前半の一時期、ロンドンに華開いた「グラム」の誕生と隆盛に果たした役割はあまりに大きく、その意味でもロンソン抜きには「グラム」は語れないと言っていい。「グラム」を聴きながら育った世代がやがてミュージシャンとしてデビューする時代を迎えたとき、彼らの多くがミック・ロンソンへの賛辞を惜しまなかったのは当然のことだと言えるだろう。

 アルバム「Play Don't Worry」はロック・シーン全体の視野から言えば「名盤」と形容すべき作品ではないかもしれない。アルバム作品としての完成度、音楽としての密度という点ではファースト・ソロ・アルバム「Slaughter on 10th Avenue」に及ばないかもしれない。しかし、音楽作品としての評価などはどうでもよいではないか。これはミック・ロンソンの残した数少ないソロ・アルバムのひとつだ。このアルバムには「グラム」の匂いを振りまくロンソンの音楽が詰まっている。デヴィッド・ボウイやイアン・ハンターらを支えた名ギタリスト/名アレンジャー/名プロデューサーとしてのミック・ロンソンの音楽が詰まっている。「グラム」を愛したファンにとって、それだけで宝物のようなアルバムではないか。