幻想音楽夜話
The Captain And Me / The Doobie Brothers
1.Natural Thing
2.Long Train Runnin'
3.China Grove
4.Dark Eyed Cajun Woman
5.Clear As The Driven Snow
6.Without You
7.South City Midnight Lady
8.Evil Woman
9.Busted Down Around O'Connelly Corners
10.Ukiah
11.The Captain And Me

Tom Johnston : lead guitar, harmonica, arp & vocals.
Pat Simmons : guitar, arp & vocals.
John Hartman : drums, percussion & vocals.
Tiran Porter : bass & vocals.
Michael Hossack : drums, congas & timbales.

Bill Payne : piano & organ
Jeff "Skunk" Baxter : pedal steel guitar
Nick DeCaro : string arrangements

Produced by Ted Templeman
1973 Warner Bros. Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 下宿の自室でドゥービー・ブラザースを聴いていると、たまたま顔を覗かせた同じ下宿の友人に「こんなのも聞くのか」と言われたことがある。1970年代の終わり頃のことだ。そのとき部屋に流れていたのは「ロング・トレイン・ランニン」だった。こちらの「ロック好き」はすでに同じ下宿のほぼすべての住人に知れ渡っていたことだったから、意外なことを言われた気がして戸惑った憶えがある。その友人とどのような言葉を交わしたのか、もう詳しくは憶えていないが、要するに彼は「ロング・トレイン・ランニン」を「ロック」だとは思っていなかったのだ。彼は「ロック」に、いや音楽そのものに、それほどの興味を持っていたわけではなかったが、「ロング・トレイン・ランニン」はディスコでよく耳にしていたようだった。つまり彼は「ロング・トレイン・ランニン」をいわゆる「ディスコ・ミュージック」だと思っていたのだ。だから「(ロック好きのおまえが)こんな(ディスコで流れるような)のも聞くのか」と言ったわけだ。

 1970年代の後半から1980年代にかけて「ディスコ」が大流行し、ダンサブルな「ディスコ・ミュージック」がヒット・チャートを賑わせていた。「ロング・トレイン・ランニン」は確かに爽快でダンサブルな楽曲だから踊るための音楽として聞かれていたとしても何の不思議もないが、「アメリカン・ロック」の名曲のひとつが当時のディスコ・シーンの中で「ディスコ・ミュージック」として聞かれていたという事実は、ロック・ファンの立場から言えばなかなか面白いという気がする。

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 「ロング・トレイン・ランニン(Long Train Runnin')」を収録したドゥービー・ブラザースのアルバム「The Captain And Me(キャプテン・アンド・ミー)」が発売されたのは1973年のことだ。このアルバムからシングルとして発売された「チャイナ・グローヴ(China Grove)」は1973年秋から1974年初頭にかけて日本でちょっとしたヒットになり、洋楽ファンにドゥービー・ブラザースの名を知らしめることになった。アメリカ本国では1972年に発表された前作「Toulouse Street」とそこからのヒット曲「「Listen To The Music」や「Jesus Is Just Alright」などによって一躍名を馳せたようだが、日本ではその人気に火がつくのが少しばかり遅れた形になった。ドゥービー・ブラザースというバンドは、この頃からイーグルスと並んで「ウエスト・コースト」を代表するバンドとしての評価と人気が日本でも定まっていったような気がする。個人的には「China Grove」がヒットしていた頃にドゥービー・ブラザースというウエスト・コーストのバンドの存在を知り、そこから遡って「Listen To The Music」を知り、大いに気に入ってしまったという憶えがある。

 彼らの3作目のアルバムとして発表された「The Captain And Me」は、前作「Toulouse Street」の音楽性をさらにハードにタイトにダイナミックに進化させたものと言っていい。その演奏はさらに充実し、収録された各楽曲そのものの質も高くなり、アルバム全体の密度が格段に濃いものになった。前作と同じ方法論に則り、その延長上にあり、それを発展、充実させたアルバムだと言うことができるだろう。バンドのメンバーも前作と同じく、Tom Johnston、Pat Simmons、John Hartman、Tiran Porter、Michael Hossackの5人、プロデュースもまた前作に引き続きTed Templemanが担当した。デビュー・アルバムから自分がプロデュースを担当するバンドが作品を重ねるごとに成長し、成功を得てゆくことは、当時はまだ始まったばかりと言ってもいいテッド・テンプルマンのプロデューサーとしてのキャリアにとっても、とても重要なことだったに違いない。

 アルバムに収録されたのは前述の「China Grove」や「Long Train Runnin'」をはじめとする11曲、「Busted Down Around O'Connelly Corners」は1分足らずの短いインストゥルメンタル曲だから実質は10曲と考えてもいいだろう。「Without You」はメンバー全員による共作らしく「The Doobie Brothers」名義となっており、「Clear As The Driven Snow 」と「South City Midnight Lady」、「Evil Woman」の3曲はパット・シモンズ、「Busted Down Around O'Connelly Corners」はJames Earl Ruftという人物の作ということになっている。残りの5曲がトム・ジョンストンによる楽曲だ。「China Grove」や「Long Train Runnin'」などもまたドゥービー・ブラザースの代表曲となったことを思えば、当時のドゥービー・ブラザースはまさにトム・ジョンストンあってのバンドだったと言ってもいいが、一方で当時のドゥービー・ブラザースに於けるパット・シモンズの役割の大きさを認識させられたアルバムでもある。

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 アルバム「The Captain And Me」の音楽は当時のウエスト・コーストのロック・ミュージックを象徴するような音楽だ。軽やかなリズムに乗った演奏はカラリと乾いて歯切れがよく、躍動感と爽快感に溢れている。ウエスト・コースト・ミュージックというと椰子の木の揺れるビーチの風景などを連想させるものが多いが、ドゥービー・ブラザースの音楽はそうしたものとは少し違ってより大陸的なイメージを持っている。その音楽の印象は夕暮れのビーチでカクテルでも飲みながら感傷に浸るようなイメージではなく、抜けるような青空の下、真っ直ぐに延びるハイウェイを車でどこまでも走って行くような、そのような情景を感じさせる。彼らの音楽には繊細な感傷を感じさせる部分は少なく、ダイナミックで雄大な印象に彩られている。

 今回のアルバムではシンセサイザー(「Mini Moog」と並んで当時のロック・シーンで多く使用された「ARP」を使用しているようだ)まで使用しているのが驚かされるが、決して彼らのウエスト・コースト・ミュージックとしての味わいを損なうような使われ方ではなく、音楽の表情に幅を持たせるようなうまい使い方がされている。またジェフ・バクスターがベダル・スティール・ギターで客演、ニック・デカロがストリング・アレンジメントで名を連ねているのも興味深い。

 冒頭からの3曲、「Natural Thing」から「Long Train Runnin'」、「China Grove」はいかにも「トム・ジョンストン節」とでも言えるような軽快な躍動感に溢れた爽快な楽曲で、当時のドゥービー・ブラザースを象徴する楽曲だと言っていい。「Natural Thing」はARPを使用した広がりのあるサウンドが特徴だ。コンガを使用したリズムの軽快な「Long Train Runnin'」はとてもダンサブルな楽曲だから1970年代後半のディスコ・シーンでもてはやされたのもわかる気がする。「China Grove」は少しハードなサウンドで、イントロの印象的なギター・リフがとてもカッコいい。日本でもヒット曲となったから一般の洋楽ファンにもよく知られた楽曲だろう。続く「Dark Eyed Cajun Woman」もトム・ジョンストンの楽曲だが、少しテンポを落とした、ブルージーな雰囲気の漂う楽曲だ。「Clear As The Driven Snow」はパット・シモンズの楽曲で、カントリー・ミュージック風のイントロから始まり、やがて力強さを増し、終盤ではヘヴィな表情も見せる。中盤で聞かれるメンバーのコーラス・ワークも印象的で、なかなか「凝った」作りの楽曲だ。

 「The Doobie Brothers」名義でメンバー共作の「Without You」はハードなロック・ナンバーだ。ドゥービー・ブラザースによる「アメリカン・ハード・ロック」と言えるのではないか。力強くダイナミックな演奏は熱気に溢れ、たいへんに爽快で痛快な楽曲だ。この楽曲を好むファンは多く、ドゥービー・ブラザースの代表曲のひとつに数えられている。「South City Midnight Lady」はパット・シモンズによる楽曲で、ゆったりとして穏やかな、雄大なイメージを持っている。パット・シモンズの楽曲に於けるこうした楽曲は当時のドゥービー・ブラザースが持っていたもうひとつの魅力を象徴するものだったと言っていい。この楽曲で聞かれるペダル・スティール・ギターはジェフ・バクスターの演奏によるものだろうか。とても効果的に良い味わいを与えてくれている。個人的にはこの「South City Midnight Lady」という楽曲が大好きで、何度も何度も繰り返し聴いた憶えがある。特に晴れた日のドライヴのBGMには最高に似合った。「Evil Woman」もパット・シモンズによる楽曲だが「Clear As The Driven Snow」や「South City Midnight Lady」などとはがらりと印象が変わって、ヘヴィでアグレッシヴな「ハード・ロック」だ。パット・シモンズもこうした楽曲を書くのかと意外な気がしたものだ。

 ギターの演奏のみの小品「Busted Down Around O'Connelly Corners」はヘヴィな「Evil Woman」と次の「Ukiah」との緩衝材のような役割を果たしているのかもしれない。「Ukiah」で再び「トム・ジョンストン節」が戻ってくる。ギターのカッティングが印象的な軽快な楽曲だが、少し哀感を帯びた曲調が素敵だ。ちなみに「Ukiah」というのはカリフォルニア北部の町の名であるらしい。アルバム最後はタイトル・トラックとなった「The Captain And Me」だ。それほど派手な楽曲ではないが、演奏、コーラスともに聴き応えがあり、成熟さを増していった当時のドゥービー・ブラザースの音楽性をよく表しているという気がする。

 アルバム「The Captain And Me」はファンの間でも評価が高く、人気も高い。ドゥービー・ブラザースの代表曲が少なからず収録され、他の楽曲も佳曲が揃い、アルバム全体の完成度がとても高い。若くフレッシュな魅力と次第に増してゆく円熟さとを兼ね備えたアルバムだということができるかもしれない。そのフレッシュさと円熟との絶妙なブレンドがこのアルバムをより魅力あるものにしているという気がする。このアルバムもまた、ドゥービー・ブラザースの、そして1970年代ウエスト・コースト・サウンドの、あるいはアメリカン・ロックというものに於ける「名盤」のひとつに数えても差し支えないだろう。ドゥービー・ブラザースの、そして1970年代ウエスト・コースト・サウンドの魅力を凝縮したようなアルバムである。

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 例えば緩やかな起伏で続く平原に真っ直ぐに延びるハイウェイだ。海岸を離れ、町も既に背後に遠く、窓外には広大な大地が広がるばかりだ。目の前には遠い地平の上に遙かな山々の稜線が霞んで見えている。空は蒼く澄み渡り、真上から陽光が降り注ぎ、路面の上にときおり逃げ水が揺れる。その中を、ゆったりと車を走らせている。カー・ラジオから聞こえてくるのは、ドゥービー・ブラザースだ。このアルバムの音楽は、そのようなイメージかもしれない。日本ではなかなかそのようなイメージに合致する場所はない。しかし例えば天気の良い夏の日のドライヴで、このアルバムをBGMに選んでみる。気分はウエスト・コーストだ。